空軍技術研究所

〜その37〜                                           


日記 皇紀2664年8月31日 相馬馬助

事後の報告もまとまった。
結局三菱の各部署では「なんとなくこうかもしれない」というそれぞれの想像があったようだ。
設計の記入ミス。検図漏れ。逆公差による加工の嵌め合い障害。脱落カスによる目詰まり。燃料供給停止による発動機停止。
それらがいよいよ一本線につながったことで「まさか!」という人間もいたようだが、「やっぱり」という人間も少なからずいたようだ。

不具合内容は深刻なレベルだったが、発生の経緯が悪質とはいえないケースだったので、再発防止策の提示と不具合機の全回収、無償修理という一般的リコール処理に決着すると思われる。
とにかく人死にが出る前に解決できたことだけは幸いだった。
東京に顔を出して報告書を提出し、ようやく任務完了となった。
堀井少将からも労いのお言葉をいただいた。
ついでに開発実験群としての試62の進捗を聞いてみる。
「君の機体衆が一歩抜けたな。緋緋色金によって部品点数が大幅に削減できそうなのが成果だ。生産性、コスト、耐久性、信頼性が非常に高まった。あとは電子装備、武装は順調だよ。やはり問題は発動機かな。石川島と本田の足並みが今一つ揃わん」
「そうですか。出力が期待どおり出ないと聞きました」
「うん。石川島主導の体制で硬直しているような印象だな。いっそのこと本田主導にしてみるか。日産でも開発が進んでいるが状況はあまり変わらん。おそらく今回の凄風33型の件で本田は空軍に、というより君に感謝していると思うんだ。ここでもうちょい距離を近くして発奮してもらうとしよう」
「感謝うんぬんはいいとして、ある意味新参の本田にかき回してもらえれば既存メーカーも刺激になるでしょうね」
「そうだな。どうせ兵器というものはひとつの企業だけでは開発も生産もままならん。帝国企業が手を取り合って協力するのが望ましい」
「まったくです」

さて、海軍はというと中東遠征を完了し、呉に投錨中だ。
33型の整備だが、結局全部バラしてやらなければならなくなり、新規製造を一旦停止して納入機を全機陸揚げして検査することになった。
しかし大掛かりになるし機体数も多い。
トラック、東鳥島の艦隊から無給油で呉まで来るのは不可能なので、まずいかとも思ったが幸い33型に入れ替わっているのは少数であるらしく、横須賀の第11支援艦隊から翔鶴に代替として32型を搭載し、第14、第15支援艦隊からそれぞれ瑞鶴、飛龍に33型を搭載し、入れ替えを行うそうだ。
予備機としてまだ全数整備されて待機していたのが幸いした。
ここで停滞するのはモデルとしては致命的かもしれない。
検査、改修が完了するころには次期改良型の開発が進捗している可能性がある。
初期不良として多少なり違約金が支払われ、ひとつ飛びに新型機の導入が早まるようなことになれば海軍としては予算が浮く。
納入キャンセルとまではいかないまでも最終納入機数の削減はまぬがれないだろう。

飛行機の話もだが、随分と桜花提督は有名になられたようだ。
艦隊帰投にあわせて賛否双方の勢力が軍港付近であふれかえったらしい。
帝国は陛下の御心の寛大さにより人民の自由が諸外国に比べても保証されている。
反戦デモが起こることはあっても、帝国のように戦いから帰った将兵に向かって殺人者呼ばわりする国は多くない。
しかもそういった輩に限って「市民の声の代弁者」を僭称する。
それをマスコミが針小棒大に取り上げる。
戦争はよくない。それは当たり前の話だ。
だが暴力にさらされても無抵抗でいろ、というのはナンセンスだ。
抵抗しなければ戦いが拡大しない、話し合えば分かり合える、というのであれば最初から戦争などになりはしない。
実際の世界では抵抗しなければ、相手は楽な戦いだと喜んで銃を向ける。奪う。侵す。
牙なき者に生きている資格はない。
宇宙開闢以来、純粋に話し合いで紛争が解決したことなどありはしないだろう。
痛めつけ、充分に叩いた後で脅しながら話し合いをする。これが常道だ。
それでも、そんな口をきく者であっても兵士は等しく護る。
長く現場にいる兵なら当たり前になっていることだが、桜花提督は言ってみれば生まれて間もない赤子のようなものだ。
無遠慮な批判に曝されてはいないだろうか。電算機の脳を持つ彼女でも心を痛めているのではないだろうか。

空軍での次期戦闘機調達についての会議が決定した。
空技研としては初の参加になるが、出来レースと言われないようにできるだけ内容が公開される。
望みは試62甲が採用され、広く三軍で採用されることであるが、最も優秀な機体が選ばれ帝国の役に立つことが本質だ。
真神で世話になったところに進捗の確認がてら挨拶にまわり、試作機の仕様を固めていく必要がある。
そろそろモックアップも作り上げてシミュレーションではない風洞実験もやりたい。
同じモックアップでRCS(レーダー反射断面積)実験もしなければなるまい。
機体を紙の図面の上から形を与えていく作業をどんどん進めていく。
発動機衆は石川島重工と本田にそれぞれ分かれて出向く形で積極的に橋渡しをしていくという案が早速出されてきている。
どのみち空技研にこもっていても試験は進まない。
現場に行けば得るものも与えるものもあるだろう。

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