空軍技術研究所

〜その38〜                                           


日記 皇紀2664年9月6日 堀井円蔵

空軍の人型についての具体案がいくつか上がってきている。
基礎研究の段階ではあるが、ある程度の方向性を決めたいという要請が現場から出ているそうだ。
予算は潤沢ではない。
有志(とはいっても将来的な利益を見越したものだが)の出資者による資金と空軍内のこちらの派閥でプールできる予算。
合わせてもおそらく陸軍、海軍の人型開発当初の予算には比べるべくもないだろう。
幸いわれわれは後発だ。
情報を合法的にあるいはそうでない手段で入手し、利用することで先達の知恵を拝借している。
人材も同じように、どういった分野の人間をどれだけ集めれば成り立つのか、ということがなんとなくではあるがわかっている。
トップに据えた人間の能力に関しては決して陸海軍の開発担当者にひけをとるものではあるまい。
いやむしろ大きく抜きんでているかもしれない。

守屋拡矛。初めて見た時にはすぐに追い出そうと思った。
直感でわかる。
あれは危険な男だ。

しかし、聞けば聞くほど、知れば知るほど、彼は計画に必要な人材であることがわかってきた。
錬金術師。
彼は企業の研究機関でそう呼ばれていたそうだ。
利益を出すのがうまいのか。いや、そうではない。
文字通り、昔ながらの意味でそう呼ばれていたのだ。
彼の姿勢は科学者ではないと。自分の研究に狂信的にのめり込む、中世の錬金術師の姿にまわりの人間には映ったらしい。
興味を持たぬ題材は一顧だにせず、興味を持った題材については寝食を忘れ血道を上げる。

最初は危惧した。
彼のような人間は既に研究が進められている分野に関しては関心を持たぬのではないか、と。
彼はわたしと対した時に言った。
「わたしは名誉欲などありません。ちりぢりとなったパズルのピースを組み立てていく過程を愛しているのです」
「人に先んずることが研究者の喜びかと思ったが違うのかね?」
彼はハッと笑ったようだった。
「深く暗い水底のような、向き合う者が己しかおらぬような、そんな研究があればわたしは満足ですよ。それがたとえ千年も前に研究されつくしたテーマだとしてもね。わたしは与えられたパズルの難易度と好みにしか興味がありません」
「わたしの与えるパズルは君の興味を引きそうかな」
「閣下はわたくしにこうおっしゃっています。『人間を造れ』とね。楽しい方だ、このようなつまらない一研究者風情に神になれと」
かれはさも面白そうに笑った。
「神になるのに等しいかね」
「わたしが思うパズルの完成形は人の造りし人です。細部まで緻密に造りこまれ、あらゆる機能は人と等しく、恋をし、酒を喰らい、子を成す。しかしてそれは歯車とモーターと人工蛋白質の集合体である機械人形。それが成せるとなればそれは神でしょうね」
「わたしが欲するのは人間ではないよ。必要な機能を満たしていれば人間でなくていいんだ」
「そうです閣下。わたしが危惧するのはまさにそこです。完成品に至るできそこないでも、きっと閣下は満足なさる。わたしの条件はたった一つ」
彼は人差し指を立てた。
「わたしが自ら断念する時まで、わたしの研究を止めることのなきようお願いいたします」
彼は傲然と言い切った。
「しかし予算というものがあるのはわかってくれるかな」
「無論です。わたしも飼い犬のはしくれ、台所事情というものは充分わかっているつもりです。これまでも倹約したり、実験を省いて実地試験を行ったりと自分なりに節約してきたつもりですよ」
酷薄な笑顔であった。
「わたしから研究の機会を取り上げないと約束してくださるのなら、閣下のご期待に沿うべく全身全霊をかけて研究に打ち込みますよ」
あくまでも純粋な昏さ、というものを見た気がした。

わたしは結局彼をプロジェクトのトップに据えた。
しかし、表向きはトップは別の人間だった。
人間工学の権威であり、人工筋肉の研究者で、障碍者の機能保全や、老人の自立補助で実績のある研究者をそこに置いた。
いかにも民衆受けする清廉な人材だ。
こちらは主に「器」に取り組んでもらう。
「器」の製作にはさほど危機感はない。陸軍で進められている戦術型人型電算機、つまり危険な戦場において人間の代わりに投入される自律型兵器の素体開発ソースについてはある程度供与されることになっている。
これは陸軍が開発についての題目である、「人的被害の低減と戦果の向上」、「開発成果の民間への供与による各種技術の向上」ということから、ついでに入手可能だ。
当然、民間に情報が広まるにつれなんらかの反発や批判は予想される。
その時に予算を割いていることへの大義名分、左巻きの連中を封じるための綺麗ごとを既に準備してあるというわけだ。
海軍も当然同じような手段を取っているが、あっちはあっちで何やら別のアプローチを考えているらしい。
なにやら広報課が忙しく動いていると聞いたのだが。

向こうの派閥も「女神の盾」の開発へと動き始めたらしい。
ただ、あれは米海軍が開発したものなので海軍装備への親和性が高いはずだ。
海軍を抱き込む算段でもあるのか、それとも機能限定版の開発でもするつもりなのか。


さて、話を戻すと、守屋君からは単刀直入な問い合わせがきている。
「優先するのは人間か機械か」
苦笑しか出ない。
一方からも同じ問い合わせだ。
「熱量の供給を含めて、戦略型と戦術型では構造に大きな差異があるため、現行の並行開発では開発期間が長大化する恐れがあります。注力する方向を定めて開発期間の短縮、予算の効率化を図られたい」
ふむ。この件に関してはわたしに決定権がある。
どちらに決定したものか。

しばらく考えを巡らすことになった。
inserted by FC2 system