空軍技術研究所

〜その36〜                                           


日記 皇紀2664年8月22日 守屋拡矛

試作系統は主として二つがある。
一としてヒトのそれに近しいものだ。
利点は機能維持の点である。これは体機能がおおよそ生体に近くなるためヒトの体液に相当する輸液によって酸素、酵素、グルコース等を届けて機能維持を可能にする。
これは効率面やメンテナンス面からいくと大変有利だ。電気エネルギーによって駆動させる場合は直接それを供給するための電池、あるいは運動エネルギーを変換するダイナモ発電機、カロリーを変換するための機構と発電機という余分な設備を搭載する必要がある。

一として機械的なものだ。
これは従来型を可能な限り小型軽量化して搭載する。
利点は開発のしやすさ、制御のしやすさだ。
機械は安定度が高い。ノウハウの蓄積も長い。小型化は技術的進歩により日進月歩の勢いだ。搭載可能なサイズになった時点で搭載すればいい。

だがおそらくは両者を組み合わせたものになるだろう。
ヒトはどのようにして機械と自分を仲立ちしているか?
それは機械言語を入力する、音声で入力する、スイッチを押す。
およそ機械側に合わせた入力方法をもってやりとりする。
表層意識に上った意志を言語として強く思考することによって入力される機構も試作されているが、ヒトの思いにはムラがあるため安定しない。
リンクさせる、という重要な仕様があるために従来型の機器とダイレクトにやり取りする必要があるため、ケーブルまたは無線によって信号を処理するには機械的部分が必ず必要になる。

よって機械的部分はインタープリターとしての機能が重視され、主要な機能はヒトに準じたものを開発している。
機械的部分の駆動に必要な電気は生体電流を整流して使用する。
装置が小さければそれで賄える計算だ。

さて開発の目標はどこであるか。
それを正しく認識することで終着点が見える。
「中央演算装置と直接的に接続する」
「指揮下機器、装備と直接的に接続する」
これが開発機1号の目標だ。
「中央演算機、1号と直接的に接続し、正しく最大の情報を伝達する。担当する装備を十全に使用し、目的を完遂する。士官と情報のやりとりがある程度可能である」
これが開発機2号の目標だ。
他にも細かくいえば整備に特化したもの、自身が装備であるもの、潜入暗殺を目的としたもの、電算機との接続融和性を活かし諜報に特化したもの等の開発企画はあるがあくまでも派生型だ。

生体に近い演算中枢を完成させ、情報の処理、保全を安定的に行う。
つまるところはこれだ。
試作初期には素材として完成品に近いヒトの脳を使用する計画があった。
しかし、調達性の低さ、露呈した場合に事態を収拾するためのコストを考えると却下された。
信号入力方法についても問題があった。倫理性?それは後付けの理由でしかない。
もしヒトの脳を使用することが最善であるとの結論に達すれば躊躇なく使用しただろう。

しかしながら幸いにもそれは検討からはずされ、モデルの参考とされるに留まった。
今や人工タンパク質と遺伝暗号技術はそのようなリスクの高い方法を採らずとも模造品を造りだすのに問題ないレベルに達していた。
われわれは神になり、新しい生物を創造するわけではないのだ。
あくまでも自律思考パターンを組み込まれ、動力の供給を確保され、デザインどおりの機能を示す製造物を必要としているだけだ。

機能のチェックはグロステストで行われた。
保存用の槽内に有線接続した試作機を設置して、やはり試作したインタープリターを用いてコミュニケーションテストを行った。
「チェック。君は誰だ」
『・・・ワタシハ・・・セイゾウバンゴウATDHD−001デス』
ATDHDはAir-Force Test demi-Human Deviceの略号だ。空軍試作亜人用装置とでもいうのか。
001は失敗だった。自律情報システムがうまく働かず、出来の悪いおしゃべりロボットでしかない。

ATDHD−001 失敗・・・学習系機能の不備・・・廃棄
ATDHD−002 失敗・・・おなじく学習系機能の不備、情報の選択基準に問題・・・修正し003へ
ATDHD−003 失敗・・・修正箇所は確認。転送速度に対し処理速度が要求目標の25%程度にしかならず・・・廃棄
ATDHD−004 失敗・・・処理速度の向上。しかし目標比75%程度・・・廃棄
ATDHD−005 失敗・・・処理速度の向上。目標比98%。動作に不安定がみられる。原因究明できず・・・廃棄
ATDHD−006 失敗・・・処理速度の向上。目標比130%。動作の不安定度が上昇・・・廃棄
ATDHD−006 失敗・・・基幹システムの見直し。動作不安定の原因追究用・・・廃棄

ここまでが第一グループだ。
動作不安定の原因は未だに確定していなかった。
生体ゆえの問題だと思われている。
第一グループは基幹システムの見直しというところで一区切りをつけ複数グループに分けた。

第二グループA(動作安定検討用)
ATDHD−007A 失敗・・・陸海軍導入事例に倣い、自我形成のトライアンドエラー開始。論理システムに破綻・・・改修
ATDHD−009A 研究中

第二グループB(体機能動作研究用)
ATDHD−008B 失敗・・・人工心肺動作確認、神経反射、人工筋肉反射に速度遅延・・・廃棄
ATDHD−010B 試験中

現状はこんなところだ。まだ室内の試験でしかない。
ただわれわれは後発の開発になるので身体の開発については随分ラクをさせて貰っているようだ。
問題は生体脳の中身だ。そこはさすがにヴェールの向こうだ。
また、運用も異なるので最終的に求める仕様が異なる。
ただ、言ってしまえば人型とはいえ電算機だ。専用機では困る、汎用機でないと。
スケールメリットというものがある。兵器は高額で、予算には限りがある。
価格、量産性、整備性、信頼性、耐久性、費用対効果だ。
果たして苦労して開発されても採用されるかどうかは別問題だ。

これはわたしが考えることではないのだが、兵器のデザイン。いや見た目ではなく、企画というような意味だ。
陸軍は火器と歩兵、車両。海軍は艦艇。空軍は航空機をそれぞれの武器とする。
過去の戦争ではそれらは手の延長で、地図にペン入れして作戦を立案し、目で索敵し、敵に攻撃を加えていた。
やがて電探が登場し、それを欺瞞する手段が現れた。これらは革新的だった。
索敵のみに留まらず、彼我の位置や編成、攻撃の意志をいちはやく察知し対策を講じる。
戦争のやり方は情報戦に変化していく。
電算機の登場によってまた革新があった。
大型電算機の画一的な内容を人型電算機の柔軟な、人間に近い発想で補完する。
では、この後はどうなっていくのか?
戦車は無人化し戦車型電算機に、歩兵も人型電算機へ、艦艇は全コントロールが無人制御され、航空機も一括制御される。
犠牲者の少ない効率的な戦闘に思える。
可能性はある。が、所詮戦争は殺し合いの数を競うゲームだ。
ロボット同士が戦争をして勝った負けたを決めても、人間は納得しないだろう。
自分が痛い思いをしていないのに、負けましたと白旗を揚げられるとは思えない。
ロボット同士の前哨戦で勝った方も、それでよしとはせずにそのまま侵攻を続けるだろう。
結果は非戦闘員をどれだけたくさん殺すか、というゲームになりかねない。
将来的にはわからないが、兵士が死ぬことはある意味必然だ。戦場という現場から人間が消えることは当分ないだろう。
われわれは自国の兵士の損耗率が敵を下回るような兵器をデザインしてやる必要がある。
技術だけではなく、運用方法、効果的なヒトの兵士と人型電算機の混合比率。
どれだけ少ない予算で最大の効果を得るか。
何を開発しようが、どこの国だろうが、結局考えることは変わらない。

inserted by FC2 system