空軍技術研究所

〜その30〜                                           


日記 皇紀2664年8月3日 相馬馬助

一晩経っても気分は晴れない。
しかし、そうも言っていられない。

昨日、小此木が連行された。
間諜防止法違反の疑いだ。

考えてみればタイミングがよかった。
緋緋色金のこと、凄風33型の不調のことが持ち上がったと思ったら三菱から来た。

技術畑の人間が送られてくるのが通例なのだが、素人同然の知識だった。

しかし信じられない。
疑いはじめたのが自分だったとはいえ、あの一生懸命な小此木が・・・

決め手となったのはこの前9mm拳銃を渡した時だった。
「銃を持ったことがない」
小此木は手にするや弾倉の確認をしたのだ。
あまりにも違和感を感じて私は堀井少将に連絡した。
「少将、三菱商事にツテはありますか?」
『ミツショウにか?珍しい話だな』
「できれば話が表沙汰にならないルートで、三菱商事か三菱グループでいわゆる私設の工作員の養成をしていないか。またはグループで雇用していないか調べてもらえませんか?」
『・・・物騒な話だ。わかったあたってみよう』
次に剣崎にも連絡を取った。
「よう、三菱の中東進出時の状況を調べてほしい。紛争地域における危機管理状況とか」
『どういうことだ?』
「三菱の手駒で私設の工作員はいなかったか?」
『・・・ちょっと待て。・・・わかった調べて折り返す』
それで稚拙ながら罠を張った。
多分私が防諜に注意を払っていることはないだろう、と見られていると思ったからだ。
基地内でもあるし、確かにこれまで漏洩に気を使ったことなどなかった。
緋緋色金の加工を開始して、少々不自然なほどデータを取った。
これみよがし、というやつだ。
罠を張って3日後、深夜にデータが複写された形跡が残っていた。
同日、警戒を頼んでいた通信班より、
「敷地内で衛星イリジウム通信による発信が確認された」
という報告があった。
中継の通信会社に連絡をして発信内容の開示を要求した。
軍の防諜であれば即開示される。
通信内容は暗号化されていたが添付されていたデータは私が置いたダミーと同一のものだった。
そして堀井少将、剣崎からの連絡がすべてを決定づけた。
「三菱商事では少数ではあるが私設工作員の養成をしていた形跡がある」
「三菱商事のシーア共和国におけるプラント建設計画は紛争地域に近く、時期的にも非常に危険だった。これによって社員が危険にさらされるのを防ぐべく傭兵を雇っていたが、三菱商事が帯同していった人間がこれの指揮を執ったとされる。若い女だったそうだが、発生したゲリラとの戦闘では最も前に立ち、最も多く殺したそうだ。ついた渾名がイラー・アルマウト、つまり死神だ。小此木舞子だよ」

剣崎からは情報部の到着を待てと言われていた。
しかし私はどうしても話してみたくなった。

「小此木」
「はい中尉。なんでしょうか」
「ちょっとつきあえ」
小此木を連れて人気のないところへ向かった。
ただ、どう切り出したものか考えていた。
「どういったお話ですか?」
たいした演技力だ。
まったくそんな風に見えない。
「任務失敗だ、小此木」
「?」
「今回の任務は気づかれないうちにデータを持ち出す必要があった。普通の諜報活動とは違う。活劇映画のようにバレたら基地の人間をなぎ倒して逃げればいいというワケにはいかん」
「!」
表情が変わった。
一瞬にして殺気が噴き上がる。
修羅場を踏んできた人間特有の剣呑な威圧感だ。
「慣れない仕事をしたからかしら。中尉、もう手が回っているの?」
「まあな、私もそこまで不用意じゃない。情報部が動いている」
「そうかあ、ヤキが回ったわね」
逃げ場はない。逃げても状況が変わらないことを認識すると小此木は戦闘態勢を解いた。
「楽しい仕事だった。発覚しなければそのまま居続けたいくらい」
「・・・何故」
「ありがちな理由よ。ウチの工場が苦しいのは前に話したわね」
頷いた。
「工場への援助、仕事を回すことと引き換えに私は売られたのよ」
「・・・」
「恨んでいない。むしろすすんで行った。それに三菱でもそんなに酷い扱いをされたわけじゃない。学校も行かせてもらったしね。ただ戦闘訓練は軍隊なんて比じゃなかったけど」
小此木は力なく笑った。
「シーアではひどかったけど。あそこは本当に地獄・・・わたしは生き残るために何十人も殺した。銃だけじゃない、ナイフでも殺した。まだはっきりと感触、断末魔の相手の顔、血と硝煙と肉の焼ける臭いが思い出される・・・」
「ここへは緋緋色金のために?」
「ええ、でも途中で追加任務がきた。あのエンジンの不具合の件?必死だったわ。わたしは即席で技術系のお勉強をしてきただけなのに」
「緋緋色金のデータと三菱での不具合と確定した場合の対応か」
「そんなとこね」
「データはわたしが改ざんしておいた」
「でしょうね」
「ずっと三菱で使われていたのか?」
「そうね、昔でいえば忍者なんでしょうけど、忍者も主持ちは二流って言われたそうね。当たってるわ」
小此木は振り返る。
「三菱はお取り潰しになっちゃうの?」
「さあな。恐らくはなんらかの取引があって手打ちになるだろう。不具合の方はまったく別問題になるが」
「わたしの首で手打ちかしらね」
「・・・」
間諜防止法は基本的に外国の間諜を想定した法なので厳罰だ。しかし今回は国内の話なので実際の扱いはわからない。
「実行者を処刑して済む話ではないような気もするがな」
「それもそうね」
小此木は諦観の表情だ。
だが、まだどうしても釈然としなかった。
「まあ戯言だと思って聞いてくれ」
前置きした。
「本当は普通に生きたかったか?」
「・・・そうだって答えてどうなるの?わたしにはこうするしかなかったし、本当はあなたを身体を使ってでも篭絡して情報を引き出せって言われてたのよ」
小此木が見てきた世界はどんな世界だったのか。
「そうか。短かったがお疲れさん」
「責めないの?」
「責めてどうする。お前は任務をこなしただけだ。わたしだって任務であれば人を殺すことだってあるかもしれない。何が違うものか」
「・・・お優しいことね」
「逃がすこともできない。まあ逃げても意味はないがな」
「短かったけどありがとう。あなたは公正で実直で良い上司だった」
「買いかぶりだ」
ちょうどその頃に情報部や堀井少将を乗せたと思われる連絡機が飛来するのが見えた。
勢いで話してみたものの実に後味が悪かった。
(主持ちの忍者か・・・)
言い得て妙だ。
任務の秘匿を考えればフリーの工作員や傭兵を使うのがいいと思われるが、育成した人間のほうが信頼できるのもまた事実だ。
僅かな間であったが生真面目でなんでも吸収しようとする小此木の姿が思い起こされる。
必死だったのかもしれないが、あれが本来の姿ではないかと思われてならない。
もう語る言葉も見つからず黙って敬礼する。
小此木は微笑したままだった。

「相馬!」
剣崎が駆け寄る。
「なんというかお手柄だったな」
「いや」
話す気力も乏しい。
予想外にしょげている。
情報部の兵に両脇を固められ連絡機へと護送されていく小此木が見えた。
「あいつはどうなる?」
「まずは取り調べだな。三菱の手の人間という証拠が固まってから親分の呼び出しだ。本来は法によって処罰されるが、三菱相手となるとやはり政治的なものがあるだろうな」
「そうか」
続いて堀井少将が来る。
「すまん」
開口一番謝罪して頭を下げた。
「やめてください!閣下」
慌ててとめる。
「古巣の不始末だ。申し訳ない」
「閣下の責任ではありませんよ」
「こうなったら配慮は最大限せずに三菱を処罰せねばなるまい」
「いやいやいや感情的にならないでください。三菱とこじれたり、なまじ受注停止にしたら困るのは軍の方なんですから」
「しかしそれを嵩に着てこんな真似をするとは言語道断だ」
少将は相当怒っているようだ。
「それよりも心配があります」
「なにかね」
「小此木は三菱の人間です。任務に失敗して帰って、あいつに居場所はあるんでしょうか。あいつの実家の工場はちゃんと面倒見てもらえるんでしょうか」
「・・・君という奴は」
少将は呆れたように言った。
「気に留めておくよ」
「そうしていただけると助かります」


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