空軍技術研究所

〜その17〜                                           


日記 皇紀2664年6月1日 折原毅一

空技研の滑走路はあんまり整備が良くない。
俺が手が空いた時に草むしりしてる始末だ。
お披露目の試験飛行はだいた千歳基地の滑走路を借りるか、岐阜の飛行場でやるから問題ないのだが。
真神は実験機で小さいし軽いので離陸に要する距離が短いからまあ我慢できる。
舗装も良くないのでがたがたするのは勘弁して欲しい。
千歳の施設隊からアスファルトをガメてきて自分で舗装してやろうか。
しかし舗装をめくってコンクリからやり直すとなるとちょっと無理だろうがな。

などと埒もないことを考えながら真神を滑走路の端まで持っていく。
今日の行先は帝都防空隊の土浦駐屯地だ。
真神の巡航速度から考えれば近所みたいなものだ。
むこうでの用事を片づけても晩飯前には充分すぎる。
真神が複座なら野郎を積んでそのままトンボ返りしたところだが、そうもいくまい。
今日のところは仕方ねえから顔見せと引導渡すだけにしといてやる。
空技研の整備隊員が総出で見送りに出ている。
とは言っても笑っちまうくらいに少ない。
少ないなりに気合の入った奴等で俺は大いに気に入ってるが。
こんな僻地の小さい所帯でも腐らずに、与えられた機体を完全な状態で飛ばせるようにいつも仕上げてる。
てめえの仕事に誇り持ってる奴等はやっぱりすげえ。
俺も見習わなきゃならん。
奴等が律儀に帽振れで見送ってるので俺も見えなくなるまで敬礼で返す。
本滑走路の端で停止させて離陸許可を待つ。
『こちら千歳第二飛行場管制、真神どうぞ』
管制官も常勤ではない。資格のある人間が飛行予定に応じて詰めている。
「こちら真神。ナナマルニ折原」
『離陸許可出ました。マーカー送ります。離陸後は所定針路に従い、北海道管制に渡します』
「了解」
管制からの誘導信号を入力。
「真神発進」
『お気をつけて』
スロットルを序々に開けていく。
真神は滑走路の上を滑りだす。
充分速度の乗ったところで操縦桿を引き機体を起こす。機体は縛鎖を解かれ宙に浮き上がる。
「真神離陸完了。計器等全て正常」
『真神の離陸を確認。道中の安全を祈念いたします。以上』
「感謝する。以上」
真神は蒼穹へ駆け上がる。

土浦に降りると整備隊がわらわらと寄ってきて真神を珍しそうに見る。
ほとんどが飛電ばかり触っている連中なので目新しい機体が珍しいのだろう。
「よう、世話掛けるな。点検と給油頼むわ。壊さなきゃあちこち見てもいいぜ」
声を掛けてタラップを降りると整備隊はわっと歓声をあげて真神に取りついた。
「相変わらず、なんというか派手だな貴様は」
出迎えにきたのは土浦駐屯地の司令だ。俺が帝都防空隊所属だったころの連隊長だ。
「隊長も出世して何よりです。もう飛ばないんですか?」
「おう、教導隊もロートルがあふれて座る椅子が無いとさ。老眼で却って遠くまで見えるから飛ばせろと言ったんだが、空でぎっくり腰でもやって落っこちると厄介だから大人しくしてろだとよ」
「ははは!で土浦に居座ったんですか。若手もまだまだビクビクしなきゃならんですな」
「抜かせ、俺もすっかり丸くなってあんまり殴らんぞ」
あんまり、だとさ。
「で、だいたいは聞いとるが、なんだ貴様うちの隊を弱体化しに来た破壊工作員じゃないのか?」
「そいつはひでえや。遊び相手が欲しくなったんですよ」
「日下部もいい迷惑だな。お前がいなくなってやっとほっとしたと思ったらこれだ」
「ヤツもヌルい訓練で鈍ってるんじゃないですか」
「なにを!?この野郎!俺がそんなヌルい事させると思ってんのか!?」
やべえやべえ
「冗談ですよ、こえーなあ。もう殴られるのはこりごりっすよ」
「ち、まあいいや。日下部にはなーんにも教えてないぞ。お前が勝手に口説きやがれ。振られる方に賭けるがな」
「俺も狙った女と敵機ははずさないんですがね。カマ掘る相手を口説いたことが無いんすよ」
「馬鹿野郎」

「隊長、久しぶりじゃないですかあ」
相変わらずの間抜けたツラに間抜けた声だ。
「おう!貴様は変わらず抜けてんのか」
「開口一番がそれすかあ。変わんないですねー」
日下部栄太空曹。こんなボケ面だが俺の二番機を務めていた男だ。
人のケツ持ちはピカイチだ。
こいつに背中任せていれば撃墜数も倍に伸ばせる。
半分眠いような目をしてるのは頭の後にもう半分の目ん玉をつけてあるせいじゃないのか、と悪口を言われる。
格闘戦ではまあしぶとい。なかなか落とせない。
乱戦になってもちゃっかり生き残る。
「最近イキのいいのはいるか?」
「新兵で入ってきた南って覚えてますかー?」
「おおあの同期の中じゃ抜群によかった奴だな」
「南が注目株ですねー」
「なんだ他はいねえのか。南じゃまだ役不足だなあ」
「なんの話ですか?」
「いやな、うちの七〇二飛行隊っていってもよ一人っきりじゃ様にならねえだろ。だから試験飛行のほかに戦技研究班って名目つけて誰か引っ張り込んでやろうと思ってんだ」
「さきに本音言ったら名目つける意味ないじゃないですかあ。で、誰を連れてくんです?」
「察しの悪い野郎だな、貴様だよ」
日下部ははああっと深い溜息をついた。
「やっぱりなあ。隊長が来た時から碌でもない事になる予感がしてたんですよ」
「人を疫病神のように言うんじゃねえよ」
「だって僕もやっとのことで小隊長ですよ?ここで異動したらまたやり直しですよお」
「なんだちゃんと見てもらってるじゃねえか。貴様を中隊長に据えたら挨拶だけで日が暮れらあ」
「ひどいなあもう。自分だって中隊長になったらここの基地が愚連隊になっちゃいますよ」
黙って頭を張り飛ばす。
「いったああ」

「これで本人の了承も取れたな」
「了承してませんてばあ」
「やかましい、大の男が細けえことでぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえよ」
土浦の司令の前に日下部を引っ張っていって報告だ。
「諦めろ日下部。無駄な足掻きだって一番貴様がわかってるだろうが」
司令が笑っているのを見て日下部もようやく味方がいないことに気付いたらしい。
「隊長といると貧乏籤ばっかりですよう」
「そういうな。俺と飛んでれば死なねえぞ」
「危ないとこに首ばっか突っ込むのをやめないといつか死にますよお」
「馬鹿野郎、危ないのが嫌なら除隊して金玉でもいじっとけ」
「ううう」
「お前らは相変わらずの漫才コンビだな。で、いつ異動になるんだ?」
「相馬がなんだか機体にこころあたりがあるようなことを言ってたからそれが届いたらですかね」
「おーあの機械屋かあ。元気か。あいつもパイロットだか整備士だかわからんような奴だったしな。完全に技術屋になったのはよかったんじゃないか」
「いきいきしてますよ。空じゃぱっとしませんでしたから」
司令はうんうん頷いていた。いやまあ相馬もスジは悪くないんだが、土浦は一線級がけっこう集まるからな。
「それじゃ日下部、荷物はまとめとけよ。呼びだしたら当日中に来い」
「電車じゃ無理ですって」
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