空軍技術研究所

〜その9〜                                            


日記 皇紀2664年4月16日 徳間秀雄

珍しく相馬少尉から電話が入る。
「徳間君、緋緋色金のことなんだが…」
一回り以上年下の少尉だが、君づけで呼ばれても嫌味がない。
どちらかと言うと親しみをこめて「さん」ではなく、「君」で呼んでくれているように感じるのはこの人の人徳か。
少尉によると、緋緋色金をめぐって争奪戦が起こる可能性があることを忠告されたそうだ。
確かにこれは特ダネだものな。
空軍で押さえれば中島や三菱に渡るよりは無難にいくかと判断したんだが、金のニオイを感じた日軽金(ウチ)の上が早速動いているらしい。
しかし空軍少尉さんとはいえあくまでお客様だ。そのお客様にこういった心配をさせるとはまだ修行が足りない。
「少尉、さすがにお任せくださいとは言えませんが、交渉事やある意味下世話なことは私に頑張らせてください」
この少尉は不思議だ。
商売で通っていたはずなのだが、すっかりほだされてしまった。
カリスマがあるというよりは、なんとか力になりたいと思うようになってしまう。
人徳なのか。

案の定日軽金開発部長の名義で緋緋色金に関する情報、資料、現品の社外秘化が通達された。
まあこれは当然だ。
こうなると資料持ってくのにセキュリティトランク使う必要があるな。
虹彩、声紋、パスワードのトリプルロックが掛っており、本体は容易には破断できない。
ただし弱点がある。
「あれ重いんだよなあ」
それに万が一に備えてとっておきのおもちゃも持って歩かないといけない。

ちょっと整理してみよう。
外国の間諜であれば現物を手に入れても少々面倒だ。
今回の緋緋色金は現在のところ日本近海でしか入手できない。
これを持ち帰っても自国での生産は当面無理だ。
それならば完成機の情報を持ち帰って対策を立てる方が現実的だ。
つまり現段階で緋緋色金を狙って動くのは国内の人間ということになる。
何を求めるか。
これは決まっている。他社に対するアドバンテージだ。
技術は独占しているうちが最大の利幅を生む。
漏洩し、模倣され、後発技術が追従すれば価格競争が生まれる。
儲けられるうちにどれだけ儲けるか、それが各社の最大の関心となる。
今回はウチが手に入れた。
するとウチとしては秘匿を保ちなるべく儲ける。他社としてはいち早く情報をかすめ取りウチの儲けをなるたけ削る。
ふむ。
ではどういう展開がベストなのか。
技術が漏洩することなく空技研が試作機を完成させ次期主力として採用される。
しかる後に最低でも初期契約ロットは素材を日軽金の独占納入とする。
そしてパテントで固めたうえで技術公開し他社からロイアリティを絞って価格決定権を持つ。
と書くとまるでウチが悪徳商人のようだが、どこも企んでることだから仕方ない。
パテントが切れるか代替技術が登場するまでの勝負だ。
しかもこれまでの履歴だけでいえばまずまず真っ当な価格設定をやってきていると思う。
ともあれ相馬少尉には試作機の目途が立って、他社に漏洩しても先んじられないところまでは何かと心配をかけるかもしれない。
あの好人物をドロドロした銭金がらみの争いに巻き込むにはしのびないが、こういう暗闘も経験しておくべきなのか。

「徳間!」
営業部長だ。
「社長がお呼びだぞ」
おおう早速きやがった。
社長室に通される。
「徳間君と言ったかな。このたびはお手柄だったね」
「たまたまの人脈が使えまして」
「人脈も財産さ。さて」
社長は射抜くように見る。
「わかっていると思うが念を押しておくよ。ひとつは情報の秘匿と守備。ふたつは空軍へ限定提供し空軍での漏洩が無いように監視だ」
頷く。
「誰かつけようか?」
凄いな、ボディガードだか監視だかわからないがペーペーにそこまでするのか。
「私のような者にですか?」
「君が今のところ最前線だからね。こちらもまだ派手に動いて目立つのは控えたい」
大事になってきたなあ。そこまでのシロモノなんだなあ。
「いきなり危害を加えても来ないでしょう。変わったことがあったら連絡します。営業部長にでよろしいですか?」
「わかった。しかし営業部長からだとタイムラグが気になるな。秘書につないでおいてくれ。言っておく」
「わかりました」
「気をつけてくれよ」
「ありがとうございます」
昔はこういう暗闘をしてきた現場組の社長だ。すでに何か動きをつかんでいるのかもしれない。
「やれやれ」
社長室を出て頭を掻く。
「なんだか面白くなってきたな」
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