空軍技術研究所

〜その7〜                                            


日記 皇紀2664年4月5日 相馬馬助

運よく川崎3式輸送機が帰る便があったので乗せてもらった。
各務原の岐阜基地は空軍開発部の司令部があり、お隣は川崎重工岐阜工場だ。
5時半に離陸だったので4時起きで官舎から出てきたので眠い眠い。機内ではゆっくり寝させてもらった。
時間にして1時間50分の快適な空の旅。そうだ帰りの便の目途が立っていないな。

岐阜基地は三軍で使用されるすべての航空装備が配備されている。
航空博物館としては完璧だが当然一般公開は限定的だ。
空技研も本部はここで、東京に事務方の支所があり、あとは私のいる研究室がある。
堀井少将は空軍開発実験団(司令は中将)空軍開発実験群司令という役職になる。
ちなみに私の肩書は空軍開発実験群隷下空軍航空機技術隊(司令は大佐)空軍技術研究所(所長は中佐)機体技術開発班(班長は少佐)所属技術員ということになる。
だいぶすっ飛ばして開発実験群司令に面会するのだが、堀井少将の命令もあり「技術的な疑問や打合せは軍規に優先して可及的速やかに報告、実施すべし」となっているので叱られることはない。
堀井少将がいいといえばいい、といことだ。
機体設計の神様と呼ばれる少将には開発部はおろか三軍の中央も一目置いている。

「閣下、空技研相馬少尉参りました」
「入れ」
「失礼いたします」
司令室は簡素な造りだ。だが資料の山となっており正直足の踏み場にも困るような有様だ。
「相変わらず散らかっててすまんな。調べものの途中で決済したりするからな、片付けられると探すだけで半日はかかってしまうのだ」
「お忙しいようで、ご健勝の証かと存じます」
「ははは、まあな。まあ座れ」
「は」
空いている椅子に腰を下ろし早速持参した図面を広げる。
「ほう」
しばし見入る。
「うんうん、思った通りだな。この構造材なら薄くしても強度がとれるから加工も楽だし、武装積んでもケンカ(格闘戦)できるな」
「はい、せっかく検討したこともありましたしハニカム構造も取り入れます。合金と炭素繊維を段階的に貼り合せていくことも検討しています」
「そうだな、高靱性が期待できそうだ。カナードは入れるつもりなんだな」
「可変カナードをはじめいろいろ考えています。RCS(レーダー投射面積)か仰角飛行安定性かですが、予想されるRCS(この場合は全方位レーダーを想定して体積で言っている)はおおよそ400立法センチ、手のひら程度になります」
「だいぶ小さくまとまりそうだな。うーん予想以上にいいな。緋緋色金で一気に捗ったな」
「はい。こういうものがあればよいという期待通りのものが出てきてくれました」
「うん、あとは君に任す。擦り合わせたい時だけ報告してくれればいい」
「恐れ入ります」
少将は図面を畳むと茶の用意を部屋付に申しつけてくれた。
よはり将官用の茶はいい香りだ。
「しかしだな」
少将はすこし険しい顔になる。
「緋緋色金が使えることによって君も面倒に巻き込まれるかもしれんな」
「間諜ですか」
「うんそれもあるかもしれんが、なによりまずはもっと身近な間諜だろうな」
「まさか産業スパイですか」
「ああ、よそが先にやらなくてまあよかったのかもしれんが、利権のからみもあるから日軽金もまず技術情報は出さんだろう。採掘権ももっているしな。狙いとしてはこうだ」
少将は身を乗り出す。
「まず君が緋緋色金を使って格段の性能の試作機を作り出す。これで競合機を一蹴してしまう。すると、よその企業も我先に緋緋色金を欲しがる」
「そうなりますね」
「ここで日軽金が技術情報を秘匿したまま完成品の合金インゴットを卸すのだが、完全に独占しているとすれば価格は自在なわけだ」
なるほど、チタンより安ければ購入のメリットは企業にとってあるわけだから日軽金としては非常に有利な取引だ。
「ところが三菱も日立も住友も自前の精錬施設がある。技術情報があれば現在あちこちで試掘している海底鉱床から希少鉱脈(アタリ)が出るかもしれん」
要はおとなしく日軽金から買っていたら利幅が小さくなるということだ。
おそらくこの合金は軍事分野に留まらず、様々なところで使用されることになる。
その時に製造のノウハウを手に入れていなければまったく乗り遅れてしまうことになる。
「つまり昨日の電話で君は『技術情報を公開する』と言ってくれたが、たぶんそれは無理だ」
「営業の徳間君はよい男ですが、もっと上から差し止められるということですね」
「ああ、君のような純粋な技術屋にそういった政治をやらせるにはしのびないが、おそらく君は今これから起こるであろう緋緋色金をめぐる戦いの最前線に置かれることになる」
「参りましたね」
「金や誘惑もあるかもしれん。ことによったら危害を加えようとするものもいるかもしれん。充分気をつけてくれたまえ」
私は陰鬱な心もちで頷いた。
「君はまだまだこれからだ。もっと面白い仕事が待っているだろう。ここでつまらんことになっては痛恨の極みだ」
「私のようなものにそう言ってくださってありがとうございます」
「空軍(上級)大学出たヤツを鍛えたってなかなか本物の技術屋ができるかどうかは難しい。君のような頭と手が使える人材というのは何物にも代えがたいんだ」
「かさねがさね恐縮です」

少将の部屋を辞して改めて考えてみるとますます憂鬱になってきた。
が、金がかかれば人間も企業も怪物になる。それはわかる。
とすれば備えをして、事に対する心を作っておくしかあるまい。
元来の性分かあっさり開き直ってしまった。
「少尉!」
声を振り返ると少将の部屋付の下士官だった。
「少将が今晩寿司を食べようとおっしゃっています」
寿司か、久しぶりだな。やはり折原もくればよかったのに。
「ありがとう。少将には御馳走になりますとお伝えしてくれ」

その晩は鮃や鮪などたらふくいただき官舎の空き部屋の泊めてもらった。
帰りの便が都合がつかなかったので高速鉄道と船で帰ることにした。
帰るのに丸一日以上かかりそうだ。
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