空軍技術研究所

〜その6〜                                            


日記 皇紀2664年4月4日 相馬馬助

今日はまた剣崎より情報が入る。
「先日、海軍で模擬戦が行われる。桜花大将の第一艦隊が第八艦隊を降す」
アイツはなぜ人型電算機いや桜花大将の情報ばかり寄越すのだろう…
いやいやしかしこれは尋常ではないぞ。
航空戦力比で言えば彼我の戦力差はおおよそ1対2だ。
桜花大将は自在に神風でも使えるわけではあるまいに。

推測でしかないが、人型電算機を用いた戦闘というのは時間差がないのだと思う。
ひとたび作戦が開始されれば状況判断から対応まで参謀部が喧々諤々することもなく瞬時に最善を選択し行動する。
その神速がこういった結果を生むのではないか。
無論過信はできない。機械は完璧であるが「必ず壊れる」という想定のもとに計画を行わなければならない。
人の手によるフェイルセーフはなくてはならないものだ。
その大原則を忘れた時に機械は人を喰らう。

詳細がまだ詰まらないのでマンガ絵でしかないが、改訂版の部品図の概要ができた。
ここからはさすがに勝手に進めたらクビが飛ぶ。
やれやれ、背広で出張しなければならない。
直属の上官である加藤技術少佐に一応断りを入れて、雲の上の人に会わなければなるまいな。
名機「飛電」「凄風」、そして「真神」の設計責任者で三菱重工の重職でありながら空軍に在籍(して貰っているのだが)する堀井円蔵(ほりいえんぞう)空軍少将だ。
この「試62甲」の設計責任者でもあり、実質上の統括開発責任者だ。
岐阜の航空開発実験団の司令でもある少将に本来なら直接会うことなどほとんどないのだが、もともと三菱の現場から叩き上げた経歴をもつ少将は、例の「輸送機補修事件」の時にたまたま立ち会っていて、私を開発部へと引っ張った本人なのだ。
えらく気に入っていただいている。

加藤少佐に許可を得て堀井少将に電話をつないでもらう。
「もしもし、堀井少将閣下でありますか」
「堀井だよ、相馬君」
「ご無沙汰してしまい申し訳ありません」
「任務ご苦労。ところで聞いているよ」
「はい」
「緋緋色金(ヒヒイロカネ)を見事に手に入れたそうだね」
「閣下もお耳が早いですね」
「三菱(ウチ)に回して貰えんか」
少将は冗談めかして言った。
「はい、試62甲開発成功の暁には三軍および協力企業に技術情報を公開することを進言いたします」
「抜け目ないなあ」
「恐れ入ります」
「用件はあれかね。緋緋色金(ヒヒイロカネ)を使用想定しての図面に書き換えたんだな」
「ご明察です」
「君のやることに間違いはないと思うが、たまには顔を見て話をするのもいい。岐阜まで飛びたまえ」
「謁見許可感謝いたします」
「ははは。私は将官とはいえ民間徴用だからね。それほどあらたまらんでくれ」
「はい、恐れ入ります」
「何でくるんだ?真神か?」
真神は単座機だ。
「ご冗談を。連絡機か物資用のヘリに相乗りしますよ」
真神は当分勘弁してほしい。

暇人を誘ってやるか。
「折原、明日岐阜へ行くが来るか?」
「何!?金津園か!」
「公務だ。公務中に行ったら憲兵にタレこんでやる」
「なんだつまらん。運転してってやろうか?」
と折原は空を指さす。
「たかだか少尉の出張に専用機など飛ばしたら倹約をしている帝国臣民はどう見るかな」
「うるせえなあ、わかったよ。で、なんで俺が行くんだ?」
「暇だろ?」
「暇だから行くことの方が臣民ににらまれるんじゃねえのかよ」
「それもそうだな」
「それに親方が力仕事させようと手ぐすねひいてやがる」
相澤親方早速手をつけるのか。
「わかった。用件といっても少将にお会いするだけだからすぐ帰る」
「じじいは親方だけでたくさんだ」
折原はひらひらと手を振った。
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