空軍技術研究所

〜その5〜                                            


日記 皇紀2664年3月29日 相馬馬助

例の合金の話がまとまるまでにざっと機体形状を見直す。
あの数値からさらに上積みがあるとすれば、現行でチタンを使っている部分をアルミに変えることができる。
電探透過のためにはまず機体の凹凸がなるべく少ないこと。
機体外板の接合部がなるべく少ないこと。
外板としてはこの二つが大事になる。
現在チタン合金とアルミ合金を使用しているがチタンはおおまかに比重が4.5、アルミは2.7だ。
アルミ合金がチタンと同程度の強度を出せればメリットは大きい。
まず置き換えた部分の重量を4割削れる。
次に接合していた部分を一体成型できる。これは電探透過性の増大と機体剛性の強化につながる。
そして希少金属を使用するとはいえ、アルミとチタンでは価格の差が非常に大きい。
新型機は高性能、低価格を実現できるのだ。

大急ぎで部品図の手直しを始めていると相澤親方がやってきた。
意見を聞くために呼んでおいたのだ。
「お呼びですか」
「うん、掛けてくれ」
この人に前置きしても無意味なので早速用件を切り出す。
「実は材料が良くなりそうなんだ。部品が大きくなるけどどうだろう。要りそうな機械があったらリストを出してくれ」
相澤親方はじっと書きかけの図面を見ていた。
「ウチでは手持ちの機械でやりますよ。少し機械自体に細工しても構いませんか?」
「ああ、好きにしてくれていいよ」
「量産する時は少し大変かもしれません。だいぶ薄くできそうなので思い切って七千屯あたりの鍛圧機械で成型してはどうでしょう」
なるほど。切削よりよほど安いし早いな。
「そうだなあ、主要部品がアルミだとすると大きさの割には荷重が低いかもしれないな。いい金型屋知ってるかい?」
「綾瀬と浦和に古い仲間がいます」
「うん。形になってきたら行ってみたいので、私と一緒に来てくれるかい?」
「はい」
「あと材料が決まったら一応実物大のモックアップ起こすよ。木型屋にはどんどん注文つけていいから」
「はい」
「多分これで本決まりになる。頼むよ」
「任せてください」
なんとも心強い。

「相馬ー!」
午後になると、製図室にでかい声が響く。
「今忙しい」
折原にはこの間相当飲まされ、相当奢らされたのであしらってやる。
「貴様!この間俺の格闘訓練に付き合うと約束したのを忘れたのか!」
なんだと?そんなことまで言わされたのか。
奴のウワバミぶりはひどい。
奴の地元の地酒をわざわざ取り寄せておくという周到ぶりで、後で聞いたら一人で二升飲んだらしい。死んでも知らんぞ。
「なんだ相撲なら夜でも取れるだろうが」
「馬鹿野郎!相撲とってどうする。格闘といえば空戦だ!」
おいおい、私に何をさせる気だ。
「開発機とはいえ戦闘機だ。腕が鈍ったら俺は終わりだ!転属願を出させて貰うぞ」
要はストレス発散に付き合わせる気か。
「しかし私にお前の相手がつとまるものか。お前がトンボなら私はありんこだぞ」
「いいから来い。貴様にも開発機試験をさせてやる」
ずるずると引きずられていく。

開発飛行場には基地航空隊の飛電の予備機が1機駐機されていた。
1機?
「飛電は俺が乗る。貴様はあっちだ」
折原は格納庫を指差す。まさか
「真神だと?」
「ああそうだ。御自慢の機体がどれだけのものか、貴様も試してみるといい」
「これは武装されてないんだぞ」
「模擬戦に武装はいらん。というより貴様が俺の背中を取れると思っているのか」
こいつ、真神を的にしようというのか。それは腹が立つな。
「よかろう。これに乗るのは2年振りだが戦闘機動はやったことがない。それで飛電のエースと勝負だ」
「ハンデをやる。一回でも俺の背後を取ったら貴様の勝ちだ」
「時間は?」
「30分だな。練習に上がってきてもいいぞ」
「そうさせてもらうよ」
ガラにもなくやる気になってしまった。

空軍に入隊した頃を思い出す。
それは誰だって空軍に入隊するからには戦闘機乗りを目指す。
私だって例外ではなかった。
適正は「まあまあ」だった。それでも新田原の教導隊では訓練に明け暮れた。
折原はメキメキと頭角をあらわして、同期では敵なしとなった。
やがて配属が告げられ、折原は花形の帝都防空隊、一方の私は岐阜の輸送隊だった。
内心落ち込んだが、それでも顔には出さず黙々と任務に励んだ。
そんな中、川崎製の試製新型輸送機に乗り組み岐阜での試験飛行場へ運ぶ途中に機体に不調が出た。
不調自体は大したことはなく無事岐阜まで着いたのだが、開発部の連中に補助を頼まれ機体の補修をおこなった。
実家が小さな町工場をやっていて金物に触り慣れていたのでおそらくは手際がよかったのだろう。
見込まれて熱心に開発部へと誘われた。
輸送隊にさして未練もなかったので、求められるならば行こうという思いで開発部へと転属になりここまできた。
やってみれば面白いし、非常にやりがいのある仕事で誇りもある。
ただし空への憧れはいまだにある。
才能がないから余計に渇望するのかもしれない。
それでこんなにも簡単に折原の策略にはまったのか。

慣らしを終えて真神を駐機スポットに戻す。
補給員が駆け寄って給油をする。
「少尉!感心しましたよ。やるじゃないですか」
「いや世辞はいいよ。なんとか飛ばすくらいだ」
折原も来た。
「相変わらずいい筋してるじゃないか。貴様に足りないのは技術じゃねえ、気合だよ」
適当なことを言う。
「気合、いや欲といってもいいな。敵機のケツになにがなんでも食らいついて叩き落してやるって気持ちがあればいいとこ行くんじゃねえか」
「それだと自分の後に他の敵機がつくのではないか?」
「そういう気配りはまず当然として、だ。貴様は零戦時代なら冷静で坂井三郎のようないい戦闘機乗りになってたんじゃないか」
「自分は西澤広義とでも言うのか」
そういえば教育隊時代にも教官に「がむしゃらさが足りん」と鉄拳制裁されたことが何度かあったな。

「よし行くか」
「手加減してくれよ」
「抜かせ!」
折原の飛電にやや遅れ、私と真神は蒼穹へと駆け上る。
非武装の実験機なので非常に軽量だ。すぐに私は折原の上方に占位する。
まずは下降エネルギーでさらに増速しつつ背後を狙う。
が、折原は左への捻り込みを見せる。
「本気の戦闘機動だな」
いっぱいに空力制動を掛けると追従して旋回する。回転半径はこちらが圧倒的に小さい。
「いけるか?」
と、折原の機体が急激な制動をかけ失速する。
「!」
目が追いつかないままに撃墜判定を知らせるブザーが鳴る。
やられた。
スプリットSの変形だ。
もっと無茶な機動で下方宙返りを行って一気に後から突き上げてきた。

次の一本。
もう一度上空から背後を衝き、射線に折原を捉えるかと思った瞬間、狙い澄ましたように飛電はアフターバーナーに点火した。
機体は身震いしてマッハ3に加速する。
真神にアフターバーナーはないが、巡航でマッハ2.4まで出せる。
アフターバーナーでそう長時間加速するわけもないので後につけた。
あの速度から急旋回できるわけもないので、距離がつまったところを長距離弾で牽制してやろう。
折原機のアフターバーナーが止まった。
ここから一気に詰めるぞ。
と、折原機が上昇しようという機動になる。
「上方宙返りか?いや違う!」
折原機は高度を維持したまま機体を垂直に立てた。
「コブラか!」
機体そのものをブレーキに使う荒技だ。ロシアのプガチョフという戦闘機乗りが編み出したそうだが、品質のいい航空制御装置だと危険機動だということでロックされてしまうらしい。
一瞬にして折原機は後に飛び去り、また撃墜判定ブザーが鳴る。

「時間だ」
折原から無線が入った。
疲れた。
終わってみれば5本とられて1本も取れず。
当たり前のような不甲斐ないような。

「折原お前コブラとはまた曲芸をやったもんだな」
「ああ、帝国製の制御は上品だからな。乗る前にちょっと書き換えた」
悪びれず言う。整備隊も御苦労なことだ。
「1本も取れなかった」
「当たり前だ。俺は現役だぞ、新型機にいちいち遅れを取っていたら帝国を護れるか」
「もうちょっとなんとかなると思ったんだがな」
「ふっふ。まあ慰めてやると、その機体は俺が一番乗り込んでるからな。性能も癖も知り尽くしてるさ」
「まあな」
「それにそれは実験機だろ?実際の試作機はもっと凄えんだろ?」
「まあな」
「試作機があがってきた時は、お前が飛ばしても俺をきりきり舞いさせるような飛行機になるって期待してるぜ」
「期待しててくれ」
「あと今日の勝負は俺の勝ちだったからな。奢って貰うぞ」
「なんだと!?」

思いやられる。
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