空軍技術研究所

〜その40〜                                           


日記 皇紀2664年9月12日 相馬馬助

折原の疲弊ぶりが凄かった。
昨日の緊急当番で何があったのか聞いてみると、飛行教導隊の加納中佐が抜き打ちでやってきてシゴかれたらしい。
自称エースも形無しだ。
一方の日下部はケロっとしていた。
本人に言わせると、
「加納中佐にコテンパンにされるのは当たり前なのでショックなんて受けませんよう。それにぼくは折原隊長にイジめられ慣れてますからね」
案外大物なのかもしれない。

「よお相馬」
当の加納中佐が空技研まで顔を出した。
「お久しぶりです、中佐」
「飛んでるか?鈍ってるようなら付き合うぞ」
「いや鈍ってますけど、わたしはこの辺りが限界ですよ。いきがって飛んだって敵さんの的になって機体の無駄です」
「そう卑下したもんでもなかったがなあ。ちょっとばかし飛ばせるからって天狗になっとるヤツよりは伸びしろがあるかもしれんぞ」
「ははは。で、どうしました?こんな開発屋まで」
「おう。お前のとこに試験機あっただろ?」
「真神ですか?」
「そうそう。あれって改装して武装つけて教導隊の機体にできんのか?」
「あー、あれは元から技術検証機として設計されているので、武装取り付けやそれに伴う発動機の拡大などを企画していないんですよ」
「そうかー、二番機は武装したとか聞いてきたんだが」
「いえ、電子兵装だけで武装はしてません。しかも発動機そのままなので動力性能は逆に落ちています。電子装備課が変な装備実験すると言ってましたが、やはり武装ではないようです。偵察機の機能に極端に改装するようですね」
「変な装備?」
「ええ、光学迷彩というもので真神に使っている薄膜電探に画像を投影する機能を追加して、機体に取り付けた複数のカメラで撮影した映像を映し出すことによって敵機からはまるで透けているように見えるということです」
「忍者みたいだな。で、効果あるのか?それ」
「電探の性能と電探浸透の性能がイタチごっこみたなところはありますからね。個々の機器性能も勿論ですが、最近の電子戦対策課では例えば自軍の機体の敵哨戒圏突入にあわせて敵電子機器制御装置に侵入し、電探の機能を喪失または誤作動させる研究やアメリカで採用されているSEADの帝国での部隊編成や装備の開発なども始まっています」
「SEADは聞いたことあるな。特攻まがいで突っ込んでレーダー基地を壊してくるヤツだな。俺も志願するか」
「まあ、結局電子機器は機械なので壊れることや故障すること妨害されることもあります。そんな時、自分の目に頼る必要がありますが、相手が透明だったら相当にやりづらいってことですね」
「透明な相手じゃ戦えないだろうが」
「太陽の光くらいある程度反射しますし、噴射音は聞こえますよ」
「風防開けて戦えってのか。まあしかし教導隊専用機ってのは手当てできそうにもないな」
「そうですね。しかし、今ですら皆きりきり舞いさせてるのに、これ以上機体性能上げてどうするんですか」
「まあそう言うな。折原もバカだが、腕は着実に上げてきてる。あいつの超えられない壁でいてやる必要もあるしな。他にもたまにイキのいいのがいるよ。まあそれだけじゃなくて、ここんとこ飛行教導隊といっても本当に指導ばっかでな。昨日みたいないたずら仕掛けて、本来の『仮想敵機』役にもちゃんと本腰入れようと思ったんだが、機体が見えた瞬間に『ああ飛電か』じゃ緊張感が足りんだろう」
「なるほど。ちょっとウチでは無理ですが、上に掛け合ってみますよ。新型とまで言わなくても、飛電ベースにして空力実験兼ねながら機体外鈑の交換が容易にできるような改良型を提案してみますよ。そうすればいつでも初見の謎の新型機ってわけです」
「おお!面白いな!やっぱり貴様に話してよかったよ。頼むわ。あと、ホンモノの新型のほうも頑張れよ」
「ありがとうございます」
加納中佐はわたしの肩を強く叩くと出ていった。

(後日の追記)
余談になるが、この時の会話から空力実験機の構想が出来、後年複数の機体形状の候補選定や耐久調査などに使用される、簡易交換型骨格が考案され一部は空技研にそして一部は飛行教導隊に納入された。
これは新型機が導入されても続き、機体形状の最適化の検証に要する時間が短縮された。
また飛行教導隊では訓練のシナリオにあわせて形状や塗装色などを豊富な幅から選択することが可能になり、訓練内容も充実した。


さて、今度は金沢出張が決まった。
小松製作所で機体部品を加工するための大型プレス機のデモをやってくれるという。
自動車のボンネット部品を一発で成型するものでも最低1000tだ。
恐らく今回のものは大型のボディ部品などを成型するものなので下手すれば7000tだ。
ほぼビルのような大きさになる。
これは三菱や中島の工場にしてもちょっと導入に二の足を踏む設備だ。
試62甲にかぎらず、採用された機体が三軍で広く用いられ、できれば同盟国へ輸出されることになってはじめてペイできるレベルだろう。
今回はあくまでも様子見だ。

同盟国といえば、最近では朝鮮で民族運動が盛んらしい。
もともと朝鮮は長く中国の属国として冷遇されており、文化的、経済的発展は東南アジアの貧困に苦しむ国と比較しても一段と遅れていた。
100年ほど前に当時の朝鮮国王が特使を通じて時の陛下に嘆願し、帝国の庇護下に置かれた。
以後、朝鮮は急速に発展し文化水準もみるみるうちにアジアの中で1,2を争うようになった。
人民の交流も進み、細部では差別もあったようだが、おおむね順調に行われた。
しかし近年、朝鮮では民族回帰主義が台頭し、成長した経済力をもって帝国の庇護下から脱することを叫ぶ勢力が台頭してきている。
朝鮮総督府は朝鮮自治政府に対して事態の調査と収拾を命じたが、遅々として進まない。
では、帝国は朝鮮半島から全面的に引き揚げてはどうだろいうかという意見も出たが、それに対しては朝鮮自治政府は過敏に反応し、なんとしても事態を収拾するので朝鮮からの撤退は考え直して欲しい、という。
しばらく様子見という棚上げが決定しているが、脆弱な自治政府の軍と民族派勢力はがっぷり四つという態で泥沼の様相を呈してきている。
満州国との陸橋としての位置で、ロシアや中国といった共産勢力からの緩衝地帯という役も果たしている。
経済的には無価値でも、軍事的、地政学的には敵に回って欲しくない。
果たしてどう転んでいくのだろうか。
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