空軍技術研究所

〜その39〜                                           


日記 皇紀2664年9月11日 折原毅一

日下部が来て一応部隊として立ち上がっちまったもんだから、今日はめんどくせえ連中が来た。
空軍じゃ唯一俺と五分にやれるヤツだ。
年は俺より10も上だが。
偉そうに飛行教導隊の隊長様などやっていやがる。
「飛行操縦士の技量向上、指導育成を目的とする」部隊。
赤い星、髑髏、毒蛇というまあ悪趣味な部隊章や帽章をくっつけた奴ら。
通称アグレッサー部隊だ。
仮想敵との模擬空戦を通じて、こっちの苦手をいやらしく指摘してくる。
その飛行教導隊一番機操縦士、飛行隊長、指導責任者、加納精作空軍中佐殿だ。

その昔、帝国空軍創設間も無いころに伝説の操縦士がいた。
岩崎貴志。
当時飛行技量の競技会がアメリカで行われ、帝国空軍を代表して2機の栄光戦闘機が出場した。
栄光戦闘機は他の参加国からみれば10数年は型が古い戦闘機で、最新鋭の機体とエースパイロットを送り込んできた各国陣営からら冷笑されたらしい。
武装も貧弱で短距離対空墳進弾を2発。運動性は最高速だけはあるものの格闘戦には向くとはいえず、ロケット弾などという不名誉な渾名までつけられていた。
当時、いや今もか?最強といわれていたのはアメリカ空軍だ。
その時は今も現役で飛んでる最新鋭機を出場させてきて、兵装も改良されて今も使われている中距離対空誘導弾だった。
結果は普通火を見るより明らか、なはずだった。
ところが岩崎さんは開始早々アメリカ野郎の下から急上昇して格闘戦に持ち込もうと考えた。
アメリカ側が電探を見ると1機の機影が見えたので、おちついて迎撃しようとしたらしい。
実は岩崎さんはその時、僚機スレスレに肉薄しており一丸となった反応が1機であると錯覚させていたのだ。
急上昇中にブレイクし、突如現れた反応に戸惑った一瞬の隙を衝き、続けざまに2機から撃墜判定をもぎ取った。
長く主力だったそのアメリカの戦闘機は実戦、演習を通じて、現在の主力機登場まで撃墜、撃墜判定を取られたことがあるのは、岩崎さんとやったその競技会だけだった。

その岩崎さんも除隊して、曲技飛行チームを作っていたのだが、訓練中の事故であっけなく逝っちまった。
岩崎さんが育て、鍛え上げたアグレッサー。
除隊の時に「貴様に任す」と託していったのが、今日やってきた加納中佐だ。
岩崎さんから受け継いだオリジナルの空中起動、インメルマン三分の一弱からの「横転コルク貫き」を使う。
いやそんなもん俺だって使えるがよ。
研究熱心だったという岩崎さんは「空戦狂」と言われていたそうだが、加納中佐は違う。
研究もじっくりやるが、冷静で、指導も的確で厳しい。
渾名は「教授」だ。技量は岩崎さんには及ばないかもしれないが、およそ弱点がなく防御も堅い。
オレとしては大変やりづらい。

またどんなふうにやって来たのか、がヒドい。

一昨日千歳から連絡が入り、呼び出しを食らう。
行ってみれば702飛行隊も千歳の管区になるので、持ち回りで領空侵犯の待機をしてくれという。
考えてみれば飛行資格を持っていて、戦闘機乗りであれば大概は持ち回りで待機するので仕方ない。
了解を伝えると今日の番で朝一から日下部と待機を伝えられた。
眠い目をこすりながら朝4時には千歳まで出向いて、待機所に入る。
待機操縦士は4人でもう4人は官舎あたりで予備として待機している。
相手の機数によってこっちの出る数も変わる。最低2機で上がって警告とかする。
面倒臭えからいきなりミサイルでもかましてやればいいと思うが、それやったらクビだけじゃすまないな。

計ったように7時のことだった。
半分寝ているところに警報が鳴った。
マジで領空侵犯かよ。珍しいこともあるもんだ。
「日下部いくぞ!」
「はあい」
緊急、という言葉とは真反対にいるようなボケた部下に声を掛けて格納庫へと猛然と走る。

「敵は!?」
「折原少尉、敵じゃないですよ。あくまで不明機です。2機、方位310、防空識別圏を飛行中で領空まであと7分少々です」
「バカヤロウ!遅えじゃねえか。観測は寝てたのか!」
「どうやら超低空から侵入した模様で発見が遅れたようです」
操縦席で管制とやり取りしていると整備から声がかかる。
「折原少尉!いつでもどうぞ!」
「おう!」
風防を閉じる。
「伊舎那1折原出るぞ」
『伊舎那1出撃を許可します。離陸後、高度3000まで上昇し、方位310に向かってください』
「了解した。何機だ、機種はわかるか」
『敵機は2機とみられます。伊舎那1、伊舎那2発進後、201飛行隊も上がります』
201、千歳のエース。伝統的にソヴィエト、ロシアと北からの脅威に正対し続けたため、空軍のトップパイロットが配属されてきた。
近年は脅威が分散し、中国、アメリカも脅かすようになってきたため、土浦に最優秀者が配属されることが多い。
このオレのようにな。
おかげでヤツらのオレへの対抗意識は凄まじく、今日もおそらく先に上がりたかっただろうが、当番だから仕方なかろう。

水面ギリギリでそれは来た。
近年の電探技術の進歩は著しく、水面での電探波の乱反射の低減、超低空までの走査、地上基地電探は勿論のこと、偵察衛星、早期警戒機、海軍や民間の電探結果までも統合的に使用し、ほぼ水も漏らさない警備網になっている。
しかしそれにも限界はある。
機器の想定を超える範囲からの侵入にはどうしても弱い。
国籍不明機は高度30m、低速での飛行経路で侵入してきた。
最初はヘリかと思ったらしい。
もうすぐ視認可能な距離に入るというところで急加速、急上昇をかけ一気に戦闘態勢に入った。
「!」
機体が見えた。
「あんたかよ」
『聞こえてるぞ!折原!』
海洋迷彩仕様の機体の飛電改だった。
新田原飛行教導隊、隊長の加納中佐だった。

『このまま戦闘訓練に入るぞ』
「中佐ぁ、最近はこんな悪趣味な訓練してるですか」
『おう、本来ならアメさんの機体でも擬装したいところなんだがな。空力とかの計算が俺らにゃあわからん。ブンどってやろうかとも思ったが、それで戦争が始まってもかなわんしな!』
「かんべんしてくださいよ」
『まあいいじゃないか!おい、日下部もまとめてかかってこい』
まじかよ・・・
戦闘訓練の結果は2対2だった。
日下部が足引っ張らなきゃマシだったのによ。
つうか、1機対2機で撃墜互角じゃシャレにならん。
まあ後から上がってきた201の連中は4本とも取られたそうだ。
バケモンかよ。

何日は居座って丁寧な指導をしてくださるそうだ。
胃が痛えぜ、まったく。

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