空軍技術研究所

〜その35〜                                           


日記 皇紀2664年8月19日 相馬馬助

名古屋工場といっても結構あちこちに点在している。
主にエンジンを組む飛鳥工場、小牧北工場、小牧南工場、そして今回訪れるのが大江工場だ。
これらとさらに誘導システム研究所などもあり、三菱の名古屋における航空機製造の一大拠点となっている。
いわゆる航空機だけでなくロケット、ミサイル、などおよそ空を飛ぶものならなんでも関わっている。
「手筈確認しとけよ、相馬」
「おう」
今日は剣崎と同行。剣崎は空軍の谷崎少尉という身分で来ており、わたしの補佐ということになっている。
先日の小此木の件があるので、強く問いただせば話は済んだのかもしれないが、証拠を押さえて言い逃れできないようにするということで話がついた。

名鉄東名古屋港駅を降りて塀づたいに正門を目指す。
潮風が鼻に届く。
車の通りも多く、トレーラーや大型トラックが目立つ。やはり一大工業地帯なのだと納得してしまう。
海が近いのも当然海運を利用した物流を意識してのことだ。荷積み荷下ろし、海に近ければ輸送コストは大幅に削減できる。
建機や産業用機械で有名な小松製作所ももともとあった小松工場を縮小し、金沢の海沿いに新工場を建てた。しかもそこには小松製作所専用の岸壁が敷地内に併設されている。
日産も追浜工場あたりはそうなっている。いつも北海道の作業場に引っ込んでいるとスケールの大きいものにはすっかり驚かされてしまう。
「きょろきょろするな相馬、みっともないぞ」
「いや、しかしだな・・・まあいいじゃないか視察にきたボンクラ中尉はおのぼりさんで右も左もわからないってことさ」
「まったく」
正門は名古屋高速道路の高架下にあった。
「空軍技術研究所の相馬です」
「谷崎です」
守衛所で告げると奥から営業担当と思われる社員が出てくる。
「お待たせいたしました。三菱重工航空システムの椛島です、よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
「ささ、暑いところようこそお越しくださいました。中へどうぞ」
応接室へ案内される。
古い工場らしく建物は煤けて応接室も立派とはいえない。以前芝浦電機の川崎工場(現在は那須に移転)に用があって行った時は、もっと年季の入った工場だったので、こんなものなのかもしれない。
「改めまして三菱重工航空システム営業の椛島と申します」
名刺を出す。
「空軍技術研究所、機体開発主任、相馬中尉です」
自分も名刺を出す。これは軍には共通フォームの名刺というものはないのだが、これからますます企業の人間と会うことが増えそうなので自前で作った。
「頂戴いたします」
名刺交換をしていると本当に企業同士のやり取りのようだ。

「本日は急なお願いを聞いていただきありがとうございます」
わたしに代わって谷崎こと剣崎が話しだす。
「現在空軍では海軍空技廠、陸軍航空工廠に比して航空機の自力開発という点において立ち遅れております。無論メーカーさんのノウハウの蓄積というものは一夕一朝で得られるものではありませんが、やはり航空機を主眼に扱う軍として、自分たちの欲する仕様というものを自分たちの手で作ることができてこその現実性、生産性への見解、費用やコストへのイメージというものが形成されると考えております。今拙いながらも自分たちで主力機の雛形を生み出そうとしておりますが、なにぶん慣れないことで右往左往しております」
ここまでは真実。嘘は真実に混ぜるもの、だと剣崎が言っていた。
「視野を広げる一環として帝国最大の航空機メーカーでもある三菱殿の最前線かつ最新鋭工場の設備や作業の流れを拝見して、少しでも飛行機づくりの役に立てたいと思った次第です」
こっちは嘘だ。見たいは見たいが、用件は違う。
「伺っております。空軍独自の主力戦闘機、多目的戦闘機の開発計画として我々、中島さん、川崎さん、九州飛行機さんに開発指示があったとのことで、ウチでも専任チームが鋭意製作中ですよ。そうするとライバルさんじゃないですか」
「いえいえ、われわれに生産能力はありませんので、あくまでも開発までです。あわよくば設計費用を自前でやって浮かそうかという貧乏所帯ならではの根性ですよ!」
言って剣崎は笑う。だいたい合ってるが言い方というものがあるだろう。
「さっそくですが、冷たいものでも飲んだらラインの方へ行きましょうか。おーい!」
椛島氏が奥へ声をかけると女性社員が冷茶をお盆に乗せて入ってくる。
「色気のないものですいませんな。ビールの方が気が利いていますが、さすがに仕事中ですから」
椛島氏は笑う。剣崎も笑う。わざとなんだろうが面倒な雰囲気だな。

「こちらが一号ラインです。現在は海軍さんの凄風が流れていますよ」
さすが主力ラインだ。巨大な天井クレーンでメインフレームを吊り下げて周囲では10人ほどの作業員がそこに担当する部品を取り付けている。
違う川(流れ、ラインのこと)では車輪が取り付けられている機体が数機、列になっていてやはり数人がとりついている。
高い場所に組み付けを行う場合には可動式の足場を用いて作業するらしく、たくさんの足場が置いてあるのも見える。
遠くではアーク溶接の光が見え、人間によるものと溶接ロボットによるものがあるようだ。
「広いですね!」
思わず声を上げる。
「作るものが大きいので仕方ないところです。生産効率を追求してもロット数が自動車ほどないですしね」
見回すとエンジンの搭載工程がある。遠くて銘板までは見えないが間違いなく本田「遠雷04−5型」に違いない。
目的地だ。

「こちらは発動機の組み込み工程です」
銘板を確認。本田製だ。凄風33型で間違いない。
「こちらの発動機は三菱製ではないのですね」
「ええ、33型の開発時に本田さんのコレが採用されて載ることになりました。今まではウチと中島さんの発動機が多かったのですが、これからは日産、本田、石川島の発動機も増えそうですよ」
「利益が減ってしまいますな」
「それは仕方ないですが、ウチの開発にも一丁発奮してもらってライバルに負けないように研鑽して帝国のためになればよいでしょう。兵器産業は損得よりも何よりもまずは心意気です」
「心強いお言葉です」
椛島氏の言葉は嘘には聞こえない。
我々と変わらぬ意志を感じる。どうも隠蔽が組織的に通達されているようには思えない。
そろそろ少し勝手に動かせて貰おう。
「椛島さんすいません」
「はい、なんでしょう」
「わたしは実家でプレスやアルミのパイプをやっていましてね、ちょっと見せて貰ってもいいですか?」
「構いませんよ、ただし特許品を持ち出さないでくださいよ」
椛島氏は冗談を言って笑う。
「ははは、特許は開発しなければ金になりませんよ。盗み出して儲けが出るのは新興国の市場くらいでしょう」
「そうですなあ、新製品の展示会などをやると中国や朝鮮の一団がやってきては写真や動画などを撮りまくっていくのですよ。半年もすれば自国でコピー品が発売されるという寸法です。あれらは恥という概念が根本から欠如しておるのですな」
「開発費をケチるのはわかりますが、技術者の魂というものがありますからね」
「いやいやまったくです」
そのやりとりをきっかけに剣崎は別の質問を椛島氏にして、わたしから離れる。
わたしは件の部品の組み付けを見ていた。が、さすがに見ているところでちょうどよく不具合の発生があるわけでもなく、また内側の話なので組み付けだけ眺めていても不具合に気づくこともない。
しばらく眺めて、品質保証課を探す。

現場事務所のような一角があり、ガラス戸の内側に測定機器が見える。
「品質保証課」の文字。
ノックしたものかどうか躊躇していると後から声がかかる。
「何か御用でしょうか」
振り向くと一人の男。
「これは失礼しました。わたしは本日椛島さんのご案内で工場を見学させていただいております空軍技術研究所の相馬馬助中尉です」
階級まで名乗る。わざとだ。軍人にはある程度の権威がある。敬礼すると、男は慌てたように不慣れな敬礼を返す。敬礼もわざとだ。
「中尉殿でしたか、失礼いたしました。わたしは当工場の品質保証課係長をやっております仁多と申します」
「よろしくお願いします。空軍でも開発を重視していくにあたり、品質保証の手順を標準化していきたいと考えておりまして、勝手に見させて貰っておりました。すいません」
「いえいえ、ウチあたりの内容で参考になるかわかりませんが、どうぞ見ていってください」
よし。
「ありがとうございます」
仁多氏に続いて室内へ入る。
「簡単な説明になりますが、弊社ではサンプリングによるチェックと全数チェックを併用しております。具体的にはサンプリングは抜き取りで各部の寸法をノギス、三次元測定器、マイクロメーター、ゲージ類を使用して計測し数値データを保管管理します。全数検査は部品の取り付け忘れや取り付け間違いを防止するため、各部分ごとの専用検査治具や画像判定機を使用していわゆるポカミス流出を担保します」
何かの部品の検査データ、あとは検査日報を示す。
「なるほど。不具合の対応、対策はどうしていますか?」
「まずは隔離です。これはNGボックスへ移すか、製造ロットごと赤テープですね。続いて原因の調査です。特定された原因と内容によって選別を実施します。そして処置です。これは廃棄、修正、特採があります」
特採とは品質への影響が小さいことを検証したうえで、許可を得て不具合品を使用することだ。
「直近の不具合の発生はなにか例がありますか?」
質問のやり方は内部監査の手順に近い。
「そうですね、アルミダイカスト部品において抜き取り検査の打音試験によって巣が入っている可能性があり、全数を超音波検査して不適合品を廃棄しました」
「対策はどうされました?」
「暫定対策としては今のような選別、廃棄でした。恒久対策としては発生の対策が難しいため、鋳造業者での検査強化を文書指示、弊社ラインでの受け入れにおいて簡易打音方式での全数検査、および検査にかかわる教育の実施を指示しました。これらは手順が文書化され半年後に効果の確認を行ったうえで対策完了とします」
「適切な処置だと思います」
「ありがとうございます」
「さすがに大企業さんだけあって、手順、人員、設備とも充実していますね。せめて手順だけはウチでも見習いたいと思います」
「いえいえ、所帯が大きくなるとそれだけ足元がおろそかになることもあります。手順を作って、改善するのはいいのですが、改善するのも手順どおりになりますので柔軟性が失われていき、検査箇所が示されていればそこだけ検査する。すぐ隣にある不具合には目がいかない、なんていうこともあったりします」
「手順におぼれるような感じでしょうか」
「細やかな気配り、図面に書いてある以上の品質の追求なんかか正直中小さんのほうがよっぽどしっかりしてると思いますよ」
対話しつつも手がかりを探してパラパラと作業日報をめくったりするが、これといった収穫はない。
現品が欲しいのだ。
「あとはNGボックスを見せてもらえますか?」
「いいですよ。こちらです」
製造ラインから少し離れたところにいくつかの鉄製ボックスが置かれている。
それぞれ1m×2mくらいで深さは1m50cmといったところか。
看板がかかっており、鉄、アルミ、銅など材質で分別するようになっているらしい。
ほかにも切粉や特定の部品用のボックスもある。
のぞいてみるが目的の部品はない。
「発生率は低そうで優秀ですね」
「供給者のみなさんも品質には気をつかってくれています」
「NGボックスはここだけですか?」
「大きい部品、組立部品などはラインのところにボックスを置いています」
「わかりました。突然お邪魔したにも関わらずご丁寧に対応していただきありがとうございました。大変勉強になりました」
「いえいえ、なにかお力になれれば幸いです」
もう一度頭を下げて、製造ラインへ戻る。

「こんにちはー」
声をかけると作業者が応じた。
「はい」
「今日こちらを見学させてもらっています、空軍の相馬といいます。ちょっとお話うかがってもよろしいですか?」
「いいですよ」
「品質保証課の仁多さんに聞いたのですが、ラインのNGボックスを見せてください」
「こっちです」
ラインのはずれに大きめのボックスがある。中はアセンブリー済みのものなどが三分の一ほど入っている。
見つけた。
例の部品が都合よく周辺部品と組み合わさって3つほどボックス内にあった。
「たとえば、あの部品はなんでNGなんですか?」
「あれは取り付け時にナットがネジ山を噛んだまま締めてネジ山がなめてしまったものです。エア工具を使っているのでたまにあるんですよ」
「組み付けはどこもエアレンチやインパクトですか?」
「どうにも狭いところ以外はそうですね。数こなすので手で締めてると握力なくなります。トルク管理してるところはまあトルクレンチですが」
「ちょっとボックスの中に入らせてもらっていいですか?」
「あ、どうぞ。でも崩れやすいので足元気をつけてください」
縁に手をかけて体を持ち上げる。軍服に汚れや油がつくがこの際仕方ない。作業服でくればよかったな。
最初の部品をもって中を覗く。はずれだ。
次もはずれ。
最後もはずれだったら、他から攻めるしかないが・・・
あった!
接合部がめくれて中の摺動部が干渉しそうなのがわかる。よしよし。
「この部品なんですけど、他に気になるところとか作業中にありませんか?」
「うーんそうですねえ。このラインの立ち上げ当時にやや締め込みで堅いかんじのするものや入らないものがあったので、検査にもっていったのですが計るとどっちも寸法公差内なので問題ないという話になりました。どうしても入らないものは保留にしておいて、ロットが変わったときに試すと入ったりするので、嵌め合いがシビアなんだなあと思ってましたね」
「今でも堅いの出ますか?」
「コンスタントに出ますが数は少ないですよ。1%あるかないかですかね」
よし、言質取れた。
「ありがとうございます。参考にします」
「?はいどうも」

もう一度品質保証課に戻る。
「あ、中尉さん、まだ何か?」
「はい、ちょっとお伺いしたいことがあります」
わたしは当該箇所の話をした。
「ああ、確かにそんな話がありましたね」
「この部品の受け入れ検査記録を見せてください」
「いいですが、中尉さん、なぜですか?」
いよいよ不審に思われてきた。もういいだろうか。
深々と頭をさげて謝罪する。
「仁多さん申し訳ありません。わたしはここへきた目的を偽っておりました。我々空軍技術研究所は上からの命令で凄風33型における発動機不調の不具合について調査をすすめてまいりました。その結果、御社の製造部品に設計不良と思われる箇所を発見し、現品および現地の調査にきました。調査の性質上、正しい現状を把握するため目的を隠したことを謝罪いたします、申し訳ありませんでした。本件に関わる苦情は空軍開発実験群司令、堀井円蔵少将までお願いいたします」
「は、はあ」
「それでは記録を拝見いたします」
「こ、こちらです」
仁多さんは状況が掴みきれないまま記録を見せてくれる。
うん、確かに図面どおりの寸法が実現されている。
これなら想定された不具合の発生する可能性が高い。
「コピーをください。あと椛島さんと工場責任者の方を呼ぶことはできますか?」
「は、はい!」

剣崎、椛島さん、品質保証課長、大江工場工場長が集まった。
剣崎と二人で先程と同じく謝罪したあと、本題に入る。
「調査の結果、凄風33型の発動機不具合に関しては御社三菱重工に責があるとの結論に達しました」
持参した資料を貼り、設計の逆公差とそれによるカスの欠落、フィルターの目詰まりによる燃料の供給不足の可能性について説明した。
「さきほど現品も確認し、発生についての推論が正しかったと証明できました」
「ですが、フィルターの目詰まりまでは確定していないのですよね」
これは工場長。
「はい。これは今回の視察内容を空軍、海軍、本田、御社の本社に報告した上で検証をおこなって対応していただきます。事案の重大性、事故が既に発生しているという緊急性から鑑みて本視察をもって充分内容を証明するに足ると小官は判断します。また検証の結果この不具合への関連性がない、または可能性が低いと判断された場合には空軍開発実験群司令、堀井円蔵までご連絡ください」
「・・・わかりました。至急本社設計、図面確認者等関連部署と連携し、調査と真相究明に取り組んでまいります」
「お願いします。また、事後の対処、補償等については我々の管轄外となりますので、納入先である海軍と協議の上決めてください」
「承知いたしました」
「我々からは以上となります。調査結果については上司、依頼元以外には口外いたしませんのでご承知ください」
「はい。申し訳ありませんでした!」
「いえ。今回は残念な内容となりましたが、御社の取り組みについては非常に頑張っていると思われます。是非これからもよろしくお願いいたします」
「はい!」

「お見事」
大江工場を出る時、関係者一同はそろって最敬礼だった。
それらに見送られて歩きながら剣崎が言った。
「いやまあ運だったさ。よくもまあたまたま現品が見つかったものだよ。現品押さえなければ言い逃れされていても仕方ない」
「まあな。でも結果オーライだ。ホテルで報告書作るの手伝うぞ」
「助かるよ。それさえ済めばようやく任務完了だ」
「お疲れさん」
「ああ、本当に疲れたよ・・・」
うん、疲れた・・・。
いろいろあったからな・・・。

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