空軍技術研究所

〜その33〜                                           


日記 皇紀2664年8月17日 相馬馬助

一昨日は久しぶりに母親の手料理を思う存分食べた。
金目鯛の煮付けやらアジのたたきやらそれは豪勢だった。
茹で落花生をつまみにビールも飲んだ。

昨日から相澤さんと合流。
盆中だというのにご苦労様だ。いや自分もなのだが。
昨日の綾瀬の金型屋、三昇金型は稀に見る傑物だった。
中小企業の社長にはたまにああいった凄まじい人がいる。

「佐野さん久しぶり!」
「相澤!お前は老けたなあ!」
佐野社長は相澤さんと握手をしたあと私に向き直り
「相澤から聞きましたよ。中尉さんはおれに面白い仕事をくれるって」
といって豪快に笑っていた。これはこれはなかなかのクセのある人だ、といのが第一印象だった。
社長室に通されまずは演説が始まった。
「おれはね、できないって言葉が大嫌いなんだ。できないってことはやらないだけだ」
職人にも寡黙なタイプと雄弁なタイプがいる。
相澤さんは前者、佐野社長はあきらかに後者だった。
図面をひろげて見せると佐野社長はじいっと見ていた。
「でかいなこりゃ。あと多いな」
「なるべくつながないでできるだけ大きい一枚板でやりたいんですよ」
「こりゃジュラルミンかい?」
「硬いですがおおよそジュラルミンに近いです。」
「溶接には技術がいるし、リベットでつないだらそこだけ弱いもんなあ。ジュラルミンなら加工硬化(塑性変形により結晶化がすすみ硬化する)するわけだから、なるたけ押して曲げてやった方がいいわなあ」
「難しいですか?」
「難しくない仕事なんざつまんないよ。オレは年寄りだがいっつも頭の中ではいろんなことをああしようこうしようって考えをこね回してるんだ。でかい金型やるのに機械がなけりゃ買うか借りるかすればいい。加工の難しいとこは頭と経験を生かせばいい。数が多けりゃ時間かけるか、人手を引っ張ってくりゃあいい。できないことなんてあるわけがねえ」
「できそうですか」
「ああ問題ねえ」
凄いな、と素直に感心した。
できないことはない、やるやらないの話だとはいうが、ここまで肚の座った人も珍しい。
「では量産の裁可が下りましたら是非お願いします」
「おう。早いとこ決めてくれよ。おれが死んじまうまえに」
「はい」
私と佐野社長のやり取りを相澤さんはにこにこしながら見ている。
帰り道。
「佐野さんにはお世話になったんですよ。機械のことをいろいろ教わりました」
「親方はよく型屋になりませんでしたね」
「型は最終製品じゃないんで、どうしても製品自体を手がける仕事をしたくて自分でもう少し勉強したんですよ」
うちの職人も結構なものだ、と思った。

そして今日は相澤さんとそのまま浦和へ移動。
「ここも面白いですよ」
と相澤さん。これはどんなくせ者が現れるのか。
その金型屋に近づくと何やら騒がしい。
「飯田金型製作所」という看板のかかった工場は佐野社長のところより一回り小さい。
どうやら先客がいるようで、開け放たれたシャッターから見えるのは機械の回りに5〜6人の人間がいる光景だった。
一人はツナギを着た職人だが、あとは上だけ作業服で下はスラックス、書類ケースを抱えているところから客らしい。
声をかけずにしばらく待つ。
「あのツナギの人が飯田さんですか?」
相澤さんに声をかける。
「いえ、ここの社長は設計屋でおもにCADをいじる仕事してまして、現場を仕切るのが先代から勤めている工場長の木下さんです」
「なるほど。お話は社長さんとすればいいのですか?」
「いえ、工場長といってもほとんど番頭さんですので木下さんと打ち合わせます。小さい数モノは得意ですよ」
木下さんと客のやり取りが聞こえてくる。
「じゃあ試し打ちやりますかあ」
元気のいい声だ。かくしゃくとした印象の男性。相澤さんと変わらないくらいか。
動かす機械はどうやらドビーの超高速プレスだ。
コイルスタンドに架かっている素材はおそらくベリリウム銅か。板圧は0.5くらいに見える。
タンタンタンタンタン。
軽快な音を立てプレス機が回る。しばらくして異常が発生しないのを見ると、客は排出された部品を手にとってノギスで寸法を測ってうんうんと頷きあっていた。
「お宅らいつも何回転でやってたんですか?」
「65です」
分速65回転という意味だ。決して高速ではない。
「そんなんじゃおまんま食えないでしょう」
木下さんは回転数調整の目盛に手を延ばし右へひねっていく。
タンタンタンタタタタタタ。
2倍まであげたとこで客は唸っていた。
「こんなに早く打っても壊れないんですか」
「まだまだですよ」
右へ一杯にひねった。
タタタタブウウウウウウウウウッ
分速400回転。この機械の最大回転数だ。
「ああっ!壊れる!」
「大丈夫ですよ」
慌てる客に落ち着いた木下さん。金型は異常を見せることなく製品を排出していく。
「凄いな・・・」
思わず呟くと親方は
「でしょう」
とニヤリとした。
「小物の高速加工で精度出したら、知る限りでは木下さん以上はいません」
2分ほどの試し打ちを終えて機械を止めると客たちは興奮したように相談を始め、木下さんはそちらに会釈すると我々のほうにやってきた。
「やあ相澤さん、お待たせしました」
「木下さん相変わらずですね。紹介します、こちら空軍技術研究所の相馬中尉です」
「はじめまして、相馬です」
「相馬中尉殿ですね、よろしくお願いします、工場長の木下と申します」
その後会議室に移動して、冷たいお茶を出していただく。
「早速ですが」
と、図面を取り出す。これは緋緋色金と双璧を成す、試62シリーズの新機軸だ。これは機械、電気の担当者達の発案になる。
「新型機の油圧、電装系の部品では整備性向上と品質の向上および均一化のため、なるべく部品を共用化することを視野に入れています」
「ほう」
「なおかつ各ブロックをアッセンブリー交換可能なようにユニット化し、不具合発生箇所は予備ユニットと入れ替えることにより迅速に対応し、発生原因についてはユニットを専門部署に送り解析することで原因の追究および再発防止をスムーズに行うことを企画しています」
これは今回の三菱の件を反面教師にしたものだ。
自己診断システムにより不具合ユニットを特定、基地や母艦に交換用ユニットを一定数準備しておいて迅速に交換。
これまでのように機体を工場に運び入れなくても詳しい検査を短期間で行える。
「それで部品点数を減らして、数量が増えることで生産効率を上げ、調達コストも抑えるというわけですね」
と、木下さん。
「はい、飯田金型さんの技術があれば量産機の製造ペースが劇的に向上しそうです」
「ははは、それは買い被りですよ。しかし・・・いいですねえ。腕が鳴ります」
「はい、是非量産決定のご連絡を差し上げたいです」
「ウチは大きいのはあまりやっていませんが、細かいものなら試作部品、試作金型もやりますんで遠慮なく声をかけてください」
「助かります!」
木下さんとがっちり握手を交わす。
「最近は同業者も減りましてね。寂しい限りですよ。民生用の部品だと安い方がいいということで外国から金型を輸入するんですね」
それは聞いたことがある。それどころか廃業した金型技術者が海外で雇用されて技術の流出が起こっていることも。
「うちが売るのは技術と品質です。金型の図面持ち出されたって真似はできませんがね」
「期待しています」

相澤さんとの帰り道。
「木下さんの技術はやはり驚かされましてね」
昔の話を聞かせてくれた。
「研磨機(平面研削盤、金属表面を回転砥石で削り、平坦化、または目標寸法に加工する機械)に聴診器つけてるんですよ。あの医者が使うやつ」
「それは聞いたことないですね」
「ゆっくりハンドルを回してワークと砥石が近づいて、チッって音がするかしないかで止めて『よし』って言うんですよ。それで出来上がりをみたら、ちゃんと欲しかった2ミクロンが追い込まれてるんですよ」
「それは確かに金型図面盗まれても模倣できませんね」
相澤さんは旧知と会ったせいか、とても楽しそうだ。
「中尉、わたしは一足先に帰って粗削りを始めます。中尉は明後日が山場ですね。気張ってください」
「うん、ありがとう」
いろいろあった。
しかし、反面教師にして学ぶこともあった。
ひとまずの区切りが明後日だ。
あっと、その前に蒲原に寄るのだった。
夜はまた実家に世話になろう。



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