空軍技術研究所

〜その32〜                                           


日記 皇紀2664年8月15日 相馬馬助

意外に長い行程になった。
まず今日は休暇を貰った。
二晩実家に泊まる。一日は休暇だが、次の日は宿泊費を浮かせるためだ。
明後日は盆休み中にも関わらず徳間君と日軽金研究所の人間が出てきてくれることになっているので、蒲原に行く。
これは実家から僅か数kmだ。
続いて明後日は神奈川県綾瀬に移動して金型屋と会う。
これは東京に帰省中の相澤さんと合流して行く。
18日は埼玉の浦和にも向かって、もう一軒の金型屋に行く。
そしていよいよ19日は名古屋だ。
まあとりあえずは実家で一休みするか。

「ただいま」
「おかえり」
出迎えてくれたのは母だった。
「まだ工場?」
「おかげさまで最近は忙しいようね」
「じゃあ先に墓参りに行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
玄関先に荷物を放り出すと再び炎天下へと踏み出す。
「いやいややっぱり内地は暑いな」
どちらかというと海洋性気候なので日中35度を超えることはそうはないが、やはり暑い。
家から歩いて10分ほどにある寺につくと木陰が多く有難かった。
境内では住職が落ち葉を掃き集めていた。
「和尚さんお久しぶりです」
住職は目を細めてこちらを見やる。
「おお誰かと思えば相馬さんとこの。お勤めご苦労さん」
「和尚さんもお元気そうで」
「空軍に奉公されてると聞いたよ」
「ええ、人殺しの機械を作って給金をいただいてます。因果な商売です」
「それを言うならワシだって、人死にをメシの種にしとるわい。人間誰でも罪を背負って、償いながら生きとるんだ。業深いことよ」
箒片手に拝む住職。
そういわれてはわたしも苦笑するしかない。
墓所は既に綺麗に清められており身内の供えた花などで一杯だった。
既に他界して10年になる祖母、幼少のころ亡くなった祖父に挨拶をする。
帝国が満州に進駐していたころ整備兵として奉天に駐留し、その後南満鉄道の保線を勤めた祖父。
トマトが好きで日曜菜園で作ったトマトを冷やしてうまそうにかぶりついていた祖母。
二人が思い出される。
(じいちゃん、ばあちゃん、いろいろあるけれど馬助はお国のために一所懸命やっております)

家から3kmほど離れているのだが、その足で工場へむかった。
中小の工場が軒を連ねる工業地帯に、相馬金属はある。
親父はもともとは機械屋であり、今のような量産仕事はやっていなかった。
10年ほど前に高等学校を卒業した弟と一緒に仕事を始めた。
機械屋、修理屋は腕が全てだが、量産の仕事は腕と才覚があれば大きくもできるから、ということだった。
偏屈な親父に似て弟も頑固者だ。
ただし腕は親父譲りらしく、工場はいまや10人ほどだが人を使ってやるまでになった。
主に自動車の部品を作っている。
近づくにつれプレス機械の音と振動が伝わってくる。
「こんちわ」
事務所に入って声をかける。
事務の女性が一人で帳簿に向かっていた。弟の女房殿である。
「あ、お義兄さん。おかえりなさい」
「いやあお盆でも休みなしとは忙しそうですね」
「でもさすがに社員のみなさんは休んでもらってますので、お義父さんと英助さんだけで仕事してます」
英助というのが弟だ。
「そうですか、現場に顔出してみます」
現場は天井クレーンなどもあるため冷房なぞない。
工場用のどでかい扇風機を回しているが、日中は鋼板の屋根が太陽に焙られて40度を超す日も多い。
現場に入るとコマツの110トンプレスでは自動送り装置をつけた金型が分速55回転で上下動を続けていて末端のシューターから製品を吐き出し続けている。
その機械の動きをにらむような目つきで凝視しているのが社長である親父だ。
「親父!帰ったよ!」
機械の音に負けないように声を張り上げるが、親父は目線を機械からはずさないまま片手を挙げて応じた。
邪魔もできないのでそのまま奥に進むと試作品などを製作する小型機械群の中に英助が埋もれていた。
「ただいまー」
「おう兄貴おかえり」
「どうだい景気は」
「おかげさんでぼちぼちやってるよ」
そのまましばらく英助の手元を眺めている。
試作とおぼしき手書きの図面に顔を突き合わせながら計算機を叩いてはポンチングマシンを操っている。
「大型の試作もやれるのか?」
「いやデカいのはレーザーとかタレパン欲しいな」
「そうか、ウチのはきついか」
「お上の仕事はそりゃ欲しいけどな」
久しぶりに工場内を回ると多少機械が新しくなっていた。設備がやれてるってことは上々ということだ。
仕事が回って黒字が出る。黒字が出れば税金がかかる。税金を圧縮するために銀行から融資を受けて設備を買う。
こういう流れだ。細かく言えば減価償却だ、リース物件だとあるのだが。
近所の店に出かけてアイスキャンデーを4本買ってきた。1本は事務所の義妹に、残りを持って工場に戻る。
「おーい!一服するか」
工場の床は綺麗に掃除されていてそのまま座ってもさほど汚れない。
コンクリートのひんやりした温度が気持ちよい。
それぞれ新聞紙などを持ってきて床へと敷き、その上に腰をおろして休憩となった。
「馬助、今日は泊まっていくのか」
「一日だけ休みを貰ったので厄介になるよ」
「どうだい宮勤めは」
「軍機だから言えないが、面白くなってきたところだ」
アイスキャンデーをくわえながらひさびさの家族との会話。
小此木のことでまだどことなく鬱屈とした気分だったのが、段々薄らいでいく気がした。


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