空軍技術研究所

〜その28〜                                           


日記 皇紀2664年7月28日 相馬馬助

中東派遣艦隊の様子はつぶさに情報を見ているが順調そうでなによりだ.
主要拠点の大方は制圧し、未帰還機、事故機ともにないそうだ。
作戦が順調なのに機体不良で死者が出てはいい恥さらしだ。
もっとも対地攻撃任務が主となれば神山攻撃機の出番だろうし、反政府軍が制空戦闘機を持ち出してくるとも思えない。
凄風の出番はほぼないとは思うのだが、米軍艦隊が気になる動きを見せている情報も入っているし気は抜けない。
ここが発火点となる可能性だってあるのだ。
シーア共和国駐在経験もあるという小此木に聞いてみた。
「なあ小此木、あっちは内戦が多い気がするが年中行事なのか?」
軽口だ。言って後悔した。
小此木は深刻な顔になる。
「宗派の対立はわたしたちからすると想像を絶するものがありますね。それに民族がからんだりすれば一層激しくなります。10に満たないような少年が銃を手に取りなんのためらいもなく引金を引きます。神の名を口にしながら少女が爆薬を身体に巻いて爆死します。戦場というのは大抵地獄ですが、あそこは最悪です」
長く続く内戦が心を壊すのか。
「無神経な物言いをしてすまなかったな。人を救うはずの宗教が人を殺すとは皮肉な話だな」
「まったくです」
小此木はシーア共和国で何を見たのだろうな。
あ、そういえば装備も届いていたな。
「こんな話の後で悪いが、そら」
届いていた9mm拳銃を放ってやる。
「個人携行火器なぞ今ではお飾りみたいなもんだが開発関係にも一応支給はされるんだ。通常は入隊して訓練した時に貰うんだが、小此木は転入だからな。銃持ったことあるか?」
「い、いえ!ありません」
小此木は手の中の銃をしばらく見つめたあと、弾倉を開ける。
9mm拳銃は弾倉に9発装填される。が今はカラだ。
「ああ、さすがに弾は別支給だな。支給時の数と報告時の数、使用した数が合ってないと問題になるんだよ。携帯許可が出た場合、または敵襲などの緊急時に使うんだが、まあ滅多にないだろうな」
「そうですね」

少々気になることがあり堀井さんに電話。
調べ物を頼んだ。
それとこの前の出崎精密について話をする。
「元、とはいえ身内の不始末で君にも面倒かけてすまんなあ」
「いえとんでもありません。もともとはすりあわせ不足のまま立ち上げてしまった空技廠に問題があります。三菱、本田、海軍でもっと詰めるべきでした」
「しかしその出崎精密は君の眼鏡にかなったのならいい会社なんだな」
「ええ。設備、人員の質、数ともに小回りが利く規模ではよいレベルを維持しています。
「なるほど、試作にも量産にも対応できるわけか」
「はい、管理状態もよかったですし、職人の技術と合理的な管理が融合している印象を受けました」
「大企業は足元が見えないからな」
堀井さんは自嘲気味に笑う。
「旧知にあたって今回のしわよせが出崎精密に行かないよう動いてみる」
「ありがとうございます」
「新規発注を絞られた場合を考えて中島さんにも声をかけておくが、君からも中島さんに頼んでくれ。気に入ったようで話をしたがっていたよ」
「それでしたら直接お会いしてお願いしてきます」
「うん、それがいい。ところでさっきの頼みもこの絡みかね?」
「いえ、別件ですが・・・今はちょっと。すいません」
「いや構わんよ。まあ話せるようになったら教えてくれ」
「勿論です」

緋緋色金の切板が届く。
徳井君に聞いたところ製造ラインが準備されつつあるとのことだ。
精錬は順調に行われており、試験的に発注した合金の組成で小さめのインゴットがそろえられつつあるらしい。
合金の配合に関しては研究を続けるそうだ。
届いた板を数人で抱えてレーザー加工機に載せる。
アルミ合金は反射率が高く、レンズや発振子を破損してしまうためレーザー加工が困難だったが、近年は加工機の進歩により可能になってきた。
他にはタレパン(ターレットパンチプレス)加工や機械加工もあるが、加工時間や加工精度を比較するとレーザーには及ばない。
無論設備費は高額で量産には向かないので、量産時には大出力プレス機や金型で製作したい。
「これで大物にかかれますね」
「はい」
親方に声をかけると嬉しそうに笑っていた。
ここのところ親方は木工の仕事になっていてモックアップにパーツで分割するための線を入れ、鋸でバラす作業をしていた。
これを元に金型と試作部品の形状出しをやるのだ。
図面ばかりと格闘していた他の作業班にも活気が戻り始めた。
私に関してはまだまだ結着できないので、その活気の中に戻れないのが少々寂しい。
渉外仕事が大事なのもわかるが、あくまでも技術者として関わりたい。
凄風の件が片付いたら、まずは金型屋へ行って試作用金型の打ち合わせをして量産へのアプローチを考えないと。
そしたらようやく本業に戻れる。
量産については本来業者選定を行ったうえで業者に一任するのだが、空軍としては設計完了を以て権限を委譲せずに、量産の立ち上がりまで積極的に関与していきたい。
当然それらは改良型、派生型への布石ともなる。
発注者から元請へ。
あるいは発注者であり元請でもある。
空技研が志向していきたいのはそういったものだ。
話が逸れた。
この試作用素材の入荷とともに、一応責任者としてやっておくことがあった。
これまでの空技研では縁の無い話で、民間業者との共同開発、共同歩調が軍開発部の慣習といえた。
しかし、空軍で本格開発するにあたりどうしてもやっておかなければならないことがある。
情報の保全だ。
剣崎や堀井さんから釘をさされていたせいもあるが、こと緋緋色金については日軽金の管理事項でもあるし、うちも気を使う必要がある。
(とはいったもののどうしたら)
剣崎に相談してみようか。
さしあたり何かしておいて後日専門家でもある剣崎に薫陶を受けるか。
ちょっと考えて机の奥から新品の記憶媒体を取り出した。
個人用電算機に保存されていたデータを引き出すと記録媒体へと複写した。
そしていつも使っている記録媒体へと差し替えた。
(さてと)
電算機の保存されているデータ内容を滅茶苦茶な内容に書き換える。
そしてそれを古いほうの記憶媒体へも上書きする。
(認証用暗号はそのままでいいか)
新しい媒体はポケットにしまい、古い方は机の引き出しにいれ鍵をかける。
まあダミーを作ったわけだ。
(念のためだ、一応)


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