空軍技術研究所

〜その27〜                                           


日記 皇紀2664年7月22日 相馬馬助

移動に丸一日を費やし昨晩は泥のように眠った。
移動の最中でも小此木は背筋を伸ばし、今回の不具合の内容と影響についていろいろと質問してきた。
生真面目、である。
聞けば三菱では相当なエリートコースだったようだ。
それがある意味こんな閑職に回されるとはどういった事情があったのか。
不祥事であれば問題だが、そのような事実は報告されていない。
そもそも技術畑に来て間もないらしい。
他人の事は言えた義理ではないが、適性を見出され引き抜かれたものなのか万能性を持つ人材なのかは不明だ。
技術系の実績は特にないので未知数だ。
営業、になるのだろうか。
アフリカや中東、今海軍派遣艦隊が出向いているシーア共和国にも共同出資の石油プラント開発などで行ったらしい。
本人曰く今と同じで先輩についていき勉強するだけで精一杯だったそうだが、期待されていなければそのような許可も下りないだろう。
よくわからない奴だ。いろいろと。

「中尉殿!お待ちしておりましたよ」
出崎精密産業の社長は白髪混じりの壮年で、ややこざっぱりした印象の男だった。
「急な話ですいませんでした」
「いえいえ、いつも三菱さんと陸海軍さんにはお世話になっておりますので、空軍さんでも業者選定が始まるとなれば黙ってはおられません」
関西のアクセントで話し笑った。
「ウチは削りものもそうですが、パイプ加工やブレージング等も手がけて小規模ではありますが一貫生産体制を取っておりますんで、きっとニーズにお応えできますよ」
「それは助かりますね。我々は試作段階をやっていますが、ユニットの図面を送って組みあがりで小ロッがト品を発注することも可能なわけですね」
「勿論です!そういった小回りこそがウチの最大の売りです」
とかなんとか話を合わせながら工場へと案内される。
結構広い。
「建屋大きいですね」
「ええ、ここらはいわゆる過疎対策地域となってます。若い人は居着かず仕事も無い。その対策のためにいろいろ県や町がやってくれてます。具体的には一人雇うと補助金が出るとか、企業が建物建てるための土地は買っても借りても固定資産税が安いとかね」
「まあよくも悪くも田舎ですからね」
「うちの工場も借地なんですが、1000坪借りて地代は年間100万ですからなあ。固定資産税払うより安いんですわ」
なるほど、企業運営での最大のコストである人件費と地代に対してメリットが大きいから運送コストを乗せても単価が低く抑えられ、他企業にアドバンテージがあるわけか。
三菱もよく探したものだ。
広いせいもあるが工場内は整頓されていて綺麗だ。
だいたいの体裁を見れば、職人集団というよりは小規模生産工場といった感が強い。
設備もそこそこ新しいものがそろっている。
おそらくは数人の管理的な技術者が全体を統括しているのだろう。
ということは検査工程もきちんと管理されている。
そうおそらくは「図面どおり」に。
今朝宿を出る時に小此木とおおまかな打ち合わせをしてきた。
小此木気を引き私が多少自由に動く、というだけのものだが。
切削油の臭いがこもる現場に入ると、小此木が抜かりなく動く。
「社長さん」
「何でしょうか」
「この機械はどのようなことをする機械なんですか?」
「ああ、これはですな」
質問を始めた小此木に社長は楽しそうに機械自慢を始める。
頃合を見計らい声をかける。
「邪魔にならない程度に見せてもらっていいですか?」
「ああ、構いませんよ。皆には言ってあります」
言質を取って探索開始。いよいよ本番だ。
目指すは二箇所。組み立て、アッセンブリー工程と検査工程だ。
広い工場だが、整然と合理的な機械配置になっているのでおおよその見当をつけて歩く。

「こんにちは〜」
にこやかに声をかけると女性の作業員が会釈する。
アッセンブリーの前段(取)を担当しているらしい。
専用に作られた治具に部品を挿入して炉に入れて溶接組み立てを行う。
隣ではトーチ溶接で組み立てを行う作業員がいる。
見回して責任者を探す。
すると作業台に置いた図面をにらむ若い男がいた。おそらくこれだ。
「こんにちは。空軍の相馬技術中尉です」
すると顔をあげて無愛想に頭を下げて、すぐに再び図面に目を落とす。
うんうん、立派に職人気質だ。
「組み立ては自社部品だけでやりますか?外注品もあります?」
「外注はボルト、ナットやウチで加工できないものだけです。外注加工はないです」
「受け入れ検査はここでやります?」
「検査班です」
「日報とか見せてもらっても大丈夫ですか?」
「そっちの机の上です」
聞かれたことには答えるが、目線はまったくよこさない。
相澤さんも若い頃はこんなだったかもしれないな。
「ありがとう」
言って、日報をめくる。
私も強みはここの人間が「例の部品」の調査に来たとは知らないことだ。
ページを繰りながら目的の部品番号を探す。
が、みつからない。
少なくともここに残っている約2週間の履歴にはないらしい。
見ればまだ図面をにらんでいるので声をかけずに立ち去ることにした。

検査班は専用の部屋が用意されていた。
検査用の機器が埃や油脂を嫌う場合がある。
にしてもこの規模で検査室があるのは贅沢な感じだ。
引き戸をノックしてサッシ窓から中を窺う。
小さく返事が聞こえたので引き戸を開け、声をかける。
「こんにちは、空軍の相馬技術中尉です。少し検査工程を見せていただきたいのですが」
「はいー」
声とともに奥から現れたのは小柄な女性だった。
「検査の責任者の方ですか?」
「はい〜、出崎です」
「出崎さん?」
「はい〜、社長の娘です」
なるほど。
検査室はひととおりの機器がそろっていた。
ハイトゲージ、投影機、各種Rゲージやスキマゲージ、長短さまざまなノギス。
特に三次元測定器はなかなか中小企業では見かけないほど高価だ。
「立派なものですね」
「ええ、土地がタダみたいなものですからこういう設備に回す余裕があるのですよ」
ひととおり部屋を見回して切り出す。
「三菱さんとおつきあいが長いようですね」
「ええ、社長の若い頃からひいきにしてもらってます」
「なるほど、実績充分ですね」
「いえいえまだまだですよ」
持ち上げておく。
「今度空軍でも量産機を積極的にやっていく計画がありまして、試作段階からつきあってくれるところがないか探しているんですよ」
「ええ、社長から聞きました。えらい気合入れてましたよ」
娘は笑っていた。
「三菱さんに納入している製品の管理を見たいので検査成績書などをみせてもらえるとありがたいのですが」
「かまいませんよ」
娘は書棚から「三菱」と書かれたファイルを出してきた。
「拝見します」
ペラペラめくると問題の部品はすぐみつかった。
気づかれないように急いで目を通すが、やはり組立後の寸法は問題ない。
抜き取り検査ではあるが、ちゃんと合格している。
さらにペラペラめくってから礼を言って返す。
「きちんとされていますね」
「ありがとうございます。品質がやっぱり一番信用になりますから」
「受け入れは検査はこちらと聞いたのですが、組立前の中間検査はどこでやりますか?」
「部品それぞれは現場で寸法をあたります。それを組立に運んで組みます」
うんうんと頷いてやり考えをまとめる。
(うーん、現物も単品の成績書もないとすると実際製造している時を狙って見るしかないのか?しかしあの部品に絞って予定を聞くわけにもいかないぞ)
手詰まりを感じつつ室内を見回すと、検査用のサンプルが展示されているのが見えた。
「おや結構な部品点数ですね」
「ええ、今日び大量生産よりは少量多品種で対応できるほうが便利に使って貰えます」
(あった!)
会話しつつ探すとサンプルの中に例の部品を見つける。
「このサンプルは触っても平気ですか?」
「どうぞ」
まず誤魔化すように少し離れたところのサンプルを手にとって眺める。
次に肝心の部品に手を伸ばす。
「結構な組立の手間がかかりそうですね」
「それは三菱さんの飛行機の部品ですね。その中の主要な部品同士はあとで分解することもあるので、テーパー加工にして機械で圧力をかけて打ち込むような組立になっています」
「ほー」
いろいろ回してみると打ち込み部がのぞける小さい穴があった。
見てみると
「綺麗に組み立てられていますね」
「刃物のメンテナンスはこまめにやっています」
ハズレだった。カエリは見らない。
参った。
これは一から作戦の立て直しになるのだろうか。
海軍で人死にが出た場合はそれどころではなくなるかもしれない。
さすがに空技廠と技術部も重い腰をあげて生産に関わった業者を隅から隅まで調べあげるだろう。
結果この疑いの部分が見つかるか、違ったところに目をつけるかわからないが、疑わしいとなった場合には厳重な処分となろう。
そして空技研はやはり役に立たなかった、となる。
人死にに比べれば空技研の名声などどうでもいいのだが、今後の発言権や開発予算は更に削られていき、試作機の注目度も下がってしまう。
参った。

(あ)
ふと赤い箱が目に付いた。
現場の赤い箱、それは不良品入れを意味する。
(もしかして!)
「すいません、NG品はどういった管理をされていますか?」
「はい、あそこのNGボックスに捨てて、月一度くるスクラップ業者に引き渡しています。業者は三菱さん、陸海軍さんに定期的に査察を受けており、守秘義務をまもっております」
「なるほど」
都合よく解釈してくれたので、NGボックスに近づいて覗きこむ。
(あった)
NGボックスの中にも1個だけ例の部品が見えた。
「これは今の部品ですね」
取り出す。
「はい、取り付けられているパイプに目立つ傷がありましたので廃棄としました」
「傷はNGですか?」
「あまり目立つものはクレームとなりますが、構造に問題がなければ口頭での注意になります」
「なるほど」
(頼む!)
どきどきしながら穴を覗き込む。
(これはカエリが出ている!)
助かった。アタリを引けた。
嵌め込まれた部分から高さ1mmもないようなカエリが組立部に沿って立ち上がっている。
しかもこれはこのカエリとは違った原因で廃棄されている。
カエリの発生はこの時点では把握されていない。
(よし、これで半分は終わった)
もう半分は三菱だ。
こっちは一筋縄ではいかないな。
とりあえず、現品の確認ができた。
検査成績と実際の加工機の品番も見た。
あとは相澤さんにそれを伝えて再現テストを行う。
摺動部のカス欠落と目詰まりを再現してまずは証拠固めをする。
そしたら三菱ででの当該部分の見逃しを確認する。
証拠を突きつけて三菱に非を認めさせるのは我々の仕事ではない。

「小此木ー」
「はい!」
まだ社長と盛り上がっていた。
「いやあ中尉殿、小此木空曹殿も実に優秀ですなあ。世間話程度のつもりだったのについつい熱が入ってしまいました」
「期待のエリートですよ」
「相馬中尉!わたしはそんな!」
「いやいや小此木空曹、ご謙遜を。三菱商事の渉外部新規専管担当といえばエリートですよ。しかも中国、アフリカ、中東ですよね。もはや武勇伝のレベルですよ」
小此木は困ったように下を向いてしまった。
「うちとしても貴重な人材ですので勿体無いことをしたと言われないように大事に育てますよ」
「ははは、それでどうでした?何かめぼしいものはありましたか?」
「勝手に見せていただいてすいませんでした。娘さんともお話させていただきましたが、全体的にとてもしっかり管理されているようですね。好感が持てました。」
「それはそれはありがとうございます」
「私自身には決定権はありませんが、私なりの感想として報告を上げさせていただきますよ」
「いやあ嬉しい!そういっていただけると心強いですよ。どうですか中尉殿、空曹殿、これから海沿いまで出て昼食にしませんか」
社長は上機嫌だ。
見てみればこの会社はとてもいいレベルで技術があると思う。
今回の案件にしても三菱の図面の誤り、そして工程監査の甘さが主原因になっている。
無論図面で指示されていない部分にまで神経を行き渡らせることができれば申し分ないが、帝国とちがって書面が全てという欧米では図面どおり、契約書どおりの仕事をすることのみが正義であり、その他の部分で異常に気がついたとしても報告することもないという。
そういった部分まで気を回す帝国の技術者達、作業者達があるいみ世界的には規格外なのだ。
とはいえ、今回の件が追及されれば三菱としては尻尾切りとして製造者である出崎精密に最終的な責任を取らせるに違いない。
ここはなんとか最悪の事態を避けるべく堀井さんや中島さんに頼んでみよう。
「よし小此木、せっかくだから社長のご好意に甘えるとしよう」
「はい」
「そうこなくては。ここは日本海ならではの海の幸も多いですよ。カニは残念ながら時期ではありませんが、旨いエビが多いですわ。白エビ、鬼エビ、ドロエビとね」
「それは楽しみです」

確かにドロエビの刺身は絶品だった。

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