空軍技術研究所

〜その26〜                                           


日記 皇紀2664年7月20日 相馬馬助

ひとつの図面が目に付いた。
(ん?なんか違和感がある)
寸法を見てみたが特にどうということはない。
しかしおかしな感覚があるということは脳が異常を認めているのだ。
図面を端から端まで見てみる。
部品自体は単純な加工品だ。
燃料をエンジンへと送る経路の途中の構成品だ。
(燃料・・・)
今回の不具合内容はエンジンの停止だ。
燃料系統は原因が潜む可能性トップだ。
もう一度図面をあたっていくが問題点はみつからない。
一旦その図面を置く。
周囲の部品を見る。
燃料ポンプまわりの摺動部や目留め、近い場所の部品図を並べて見てみる。
(これがここに嵌まって、ここが76mmの公差が・・・)
「あ!」
思わず声を上げた。
(逆公差だ)
通常部品同士の嵌め合い箇所は「はめられる方」はプラス寸法方向に多少の余裕を持たせる。
「はめる方」はマイナス寸法方向に余裕を持たせる。
そうしないとはまらなくなるからだ。
どころがここの2つの部品では設計者がうっかりしたのか逆にしてある。
これでは部品製造者が寸法管理していても、いざ組み立てができなくなってしまう。
見直す。
指定部分は嵌め合いなので公差、つまり寸法の許容範囲が狭い。
これなら無理やりになら組み立てできてしまうかもしれない。
それどころか通常まったく問題ないだろう。
ただし片方がプラス一杯、片方がマイナス一杯に近い組み合わせでは何かあるかもしれない。
よし皆をあつめるべきだ。

図面さらいにかかっていた人間を集めた。
「決めつけは早計かもしれないが、ちょっと怪しいところを見つけた」
おお、とどよめく。
私も含め暗夜行路といった気分だったのでまさに光明をみつけた心持だろう。
「さて問題の箇所は燃料供給ポンプ回りのこいつだ」
拡大した図面を貼り出す。
「ここと、ここが逆公差になっていて一部の嵌め合いに問題があるという疑いだ」
指し示す。
「さて、どういう不具合が想定されるだろう」
皆はしばらく図面を凝視したり手許の資料を手繰る。
「中尉」
親方だ。
「相澤さん、なにかわかりますか」
階級は下になるが、現場で最も信頼されている親方には私含め全員敬語だ。
折原を除くが。
「はい、私見で申し訳ないのですが、ここの嵌め合いが逆公差だと組み立てのときにここにカエリが出ると思います」
親方は嵌め合い部を指す。
カエリというのは捲れたような状態を指す。ちなみに切ったり削ったりで尖った部分が残るのはバリという。
「ここは動きによって段々深くなっていく傾向なので、カエリも大きくなります。するとここの可動部にアタリが出てきます」
親方はマジックで書き入れる。
「そうするとこのカエリ、それとこのアタリの出たところからカスが欠落する可能性があります、それが・・・」
別の図面を取り上げて指す。
「両エンジンへ燃料を送るフィルターで目詰まりを起こし、燃焼停止するということが考えられます」
親方は発言を終えると、一礼して座った。
場は静まり返る。
恐ろしく微細で単純でアナログな内容。
それだけに信憑性が高い。
ただ、どうしても現物の確認が欲しい。今のままでは推測でしかない。
手早く結論をまとめる。
「これが原因だと断定するまでには至らないが、相澤さんの意見は尊重に値する。現品か実機、または現場を確認してみる必要があると思う。また、単一ではなく複合的な要因も充分考えられるので、引き続き作業に当たって欲しい」
皆は頷いてとりあえずその場は散会した。

三菱の設計が図面を描いていたのでそこから製造元を調べると、重工の下請けの下請けで従業員30人くらいの切削加工を生業とする業者だった。
場所は兵庫の山中。
また出張だな。
堀井少将と剣崎に電話をしてその工場「出崎精密産業」に連絡をとってもらう。
三菱の関連企業ということで空軍でも外注先の選定をすすめているということでいいだろう。
回答を待ちつつ荷物をパッキングする。
支度しておいていつでも出られるようにしないと時間がない。
いつ死人が出るか内心ヒヤヒヤだ。
と、内線が鳴る。
「はい、相馬です」
「夜分すいません、小此木です」
「構わんよ、どうした?」
「はい、兵庫出張ですがご一緒させていただけませんか?」
また妙なことを言い出した。
「何故か」
「はい、量産工程の切削加工工場を見たことがないので勉強したいのと、相馬中尉がいらっしゃらないと今のところ新人の私に仕事をくれるかたがおりません」
なるほど。
いや、まあ仕事はあるから誰かに頼んでおこうと思ったんだがなあ。
しかしこういった調査の仕事も今後あるかもしれないし、いい機会ともいえるなあ。
「よし、わかった。宿の手配などで総務から許可が出たら同行してもいい」
「ありがとうございます!私は同室で構いません」
「私が構うんだよ」
あと折原も構うだろう。

堀井少将と剣崎から連絡があり、段取りがついたのは夜だった。
心配の宿も情報部もちでちゃんと二部屋取れた。
千歳空港から羽田で乗り換えて鳥取空港へ。
バスで駅まで行ったら山陰本線で香住まで。
そこから町営バスで1時間かけて終点まで行き、さらに徒歩で1kmちょっと。
たっぷり7時間以上の行程だ。
7時半出発になるが向こうに着くのは夕方だ。
一泊して明後日の朝から訪問の約束になった。
何か成果が出ないと精神的な疲労が大きそうだ。


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