空軍技術研究所

〜その25〜                                           


日記 皇紀2664年7月16日 折原毅一

相馬の色ボケ猿め!
ひさびさの美人を抱え込んではなしやしない。
「技術者として見どころがある」
こきゃあがれ!
見どころがあるのはてめえの嫁としての見どころじゃねえのかよ。
しかし相馬が言うんだから本当にそうなんだろうなあ。
あいつは不能じゃねえのかと思うくらい女っけがない。
ケツを狙われたことがないのであっちのケもなさそうだが。
わかっちゃあいるんだが、ああやって仲良さそうに並んで図面でものぞきこんでる様子は見ていて腹にすえかねる。
殴ってやれ。
「いて!何すんだ折原!」
「うるせー。てめえばっかいい目見やがって」
殴っても気が晴れん。
こっちは親方に手伝わされて三次元だか四次元だかという機械を改造させられたり、草むしったり、日下部のアホ面見させられたりだってのに。
「隊長〜、独り言が大きすぎます」
殴ってやれ。
「いて!」

さて702飛行隊も2機編成となり、いよいよ隊長としてちったあ活躍できるようになった。
機体も新たに伏神が来たわけだ。
俺は乗機を伏神に変えた。別に新しいもの好きってワケじゃない。
こっちの方が重いからだ。
伏神は複座の偵察機仕様で、電子装備や偵察装備、増槽等が追加されているせいで最高速、機動性とも真神に劣る。
ハンデ代わりというところだ。
なんかかっこいい部隊章でも作った方がいいのか?
アメリカ野郎共は妙にそういうセンスが良くて、やれ「Night Stalkers」だとか、「Diamondbacks」などといちいちかっこいい。
ただ不思議なもので、慣れないせいなのかもしれないがそういう名前を日本語でつけるとなんとなく可笑しい。
「Wild Geese」なら悪くない感じなのに日本語だと「野雁」。
「Hound」だと「猟犬」。
それならそれでもっとがっちり日本語特有のものにした方がいいかもしれんな。
陸軍の西部普通科連隊は「婆羅門」だそうだ。
いいじゃないか。
神さんの名前もいいんじゃないか。こうなんというか加護でもありそうで。機体にも神が入ったのに乗ってるわけだしな。
「毘沙門」
だめだ。パクりっぽい。
「帝釈天」
なんか葛飾柴又なかんじしかしねえな。却下。
「何ぶつぶつ言ってんすか〜隊長」
日下部が聞いてきたので、仕方ないから丁寧に教えてやると暫く考え込んでから答えた。
「じゃあ伊舎那というのはどうでしょう」
お、なんか耳慣れなくてかっこいいな。日下部は得意げに解説し始めた。
「伊舎那天は東北、つまり鬼門の守護神で一説には印度の破壊神の化身であるとか、イザナギノミコトのもとになったとかいわれてる神様ですよ。荒っぽいし、帝都から見てここらは鬼門にあたるし丁度よくないですか?」
「おお、いいなそれ」
伊舎那隊。なんかいいぞ。
しかし日下部がこういうことに詳しいとは知らなかった。
「貴様は気持ち悪い奴だな」
「なんなんすか〜一体〜」

午後になって風が凪いだままだった。
「よし、飛ばすか」
整備隊からOKが出たので、いよいよ日下部と久々の模擬空戦だ。
とりあえずはどれだけ育ったのか見させてもらおう。
二機の真神型が滑走路に出ると整備隊総出での帽振れだ。
部隊独自機による初の本格訓練ということで感慨があるのだろう。
さて、ハンデをやらねばな。
ハンドサインで日下部に向かって「先に行け」と伝える。
高空占位は優位の基本だ。
『了解。伊舎那2日下部発進』
無線が入る。
日下部の駆る真神はスルスルと蒼穹へと駆け上がる。
俺は続いて発進位置へ伏神を移動させる。
こいつにしてみればおそらく初の戦闘機動だ。
岐阜で多少は試験で振りまわしたかもしれんが、なあに701の坊ちゃん達と俺とじゃ一味違う。
こいつがびっくりしないように最初は手加減してやらなきゃな。
「伊舎那1折原行くぞ」
『伊舎那1離陸どうぞ』
新しいコールサインもいいじゃないか。
本滑走に入り急激に加速してやる。エンジン特性は真神と違いはないようだ。するとやはりネックは重量か。
離陸速度に到達。操縦桿を引き重力のくびきより解き放たれる。
海上の訓練空域に向かうまで高度を維持する。
日下部が俺のアタマを抑える格好で始めるからだ。

『行きますよ〜』
訓練開始は間抜け声からだった。
真神も伏神も火器は一切積んでいない。
しかし戦闘訓練も可能にするため上等なシミュレータみたいなものが積んである。
火器管制システムを仮想展開し、機銃、各種ミサイルをリンクした機体で運用できる。
高度、風速、気温、天候等もリアルタイムでフィードバックされているので、高空からの機銃弾は落下速度がプラスされ、低空から撃ち上げれば失速する。
ミサイルには航続距離があり、チャフ、フレア、ECM等の妨害も反映される。
目に見えず、火を噴かないだけで実戦できるというスグレモノだが、俺にしてみれば緊張感がイマイチだ。
食らえば死ぬ、その緊張感が修羅場での力になる。
土浦時代に訓練に実弾積んでいって後で記憶が飛びそうなくらいブン殴られて営倉に放り込まれた。
当たり前なんだが。
日下部の初撃は直上にほぼ近い位置から均等に機体周囲に機銃弾をバラ撒きつつ入ってきた。ウマイもんだ。
そのまま降下して引き起こし、俺の真上30mくらいでピタリとあわせてきた。
ヤロウ、様子見か。イラつく真似しやがって。
お互いの攻め手がない状態でしばらく編隊飛行の真似ごとをしたところで次の手に出る。
「セオリーなら当然急減速で後背を衝くがな」
急加速して上昇してやる。
虚をつかれた日下部は衝突を避けようと減速して左旋回する。
「ほいほいっと」
背面から切り返し今度は俺が高空占位する。
対空ミサイルを2発撃つ。
フレアに突っ込んで1発が無効化される。
遅れて撃った2発目は無誘導だ。フレアを無視して直進する。
気づいた日下部が旋回してかわそうという先へ機銃弾をまとめる。
が、
「これも避けるのかよ。あいつ気持ち悪いな」
機体の性能が近いと段々心理戦になる。
面倒だが俺は空戦が得意だ。よって心理戦も得意だ。
たぶんあいつは馬鹿だから、今のでちょこっと調子に乗ったはずだ。
あわてた振りでもしてやろう。
俺は機体の挙動をほんの一呼吸ずつ遅らせる。
やっぱ馬鹿だな。食いついてきた。
日下部は急激な機動から攻撃占位してきた。
まだ余裕。
慌てたことと機体が重いことでちょっぴりモタモタした感じを演出してやる。
ほら旨そうな獲物だぞう。
日下部から機銃弾。
やっぱ攻勢に回ると甘さがあるな。ギリギリタイミングで回避機動。
それじゃ俺は墜とせないぜ。
攻勢に回った積もりの日下部は距離を詰めていた。
さあ仕上げるか。
同じ手で行く。
対空ミサイルをまず誘導で1発。
フレア。
無誘導ミサイルを発射。
日下部が回避機動。
の先に機銃弾。
日下部は回避機動。
ここからが違うんだよ。
機銃弾を撒きながら俺は日下部に突っ込んでいた。
日下部が回避する方向へ。
日下部は慌てて更に回避機動。
ビーーーーーー。
撃墜判定を知らせるブザーが鳴り響く。
日下部が衝突を回避しようと旋回した先は2発目の無誘導ミサイルの飛行ルートドンピシャだ。
『隊長〜無茶しないでくださいよ〜ミサイル判定は当たっても死なないけど、機体同士がぶつかったら死にますって』
馬鹿の声。
「馬鹿野郎!空戦やったら訓練だろうが腹くくりやがれ!俺が特攻かけたから貴様はびびってミサイルの飛んでる方向も忘れちまったんだよ、くそぼけ」
『・・・すいませ〜ん』
帰ったら超説教する。

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