空軍技術研究所

〜その24〜                                           


日記 皇紀2664年7月10日 剣崎義晴

7月6日のことだ。
ついに恐れていた事態が発生した。
中東派遣艦隊の航空母艦「益城」において直掩の凄風33型が左右2発とも発動機停止に陥り墜落寸前だったらしい。
幸いベテラン搭乗員であったこと、整備において発動機不調を予め伝えられていたこともあり、咄嗟に滑空飛行に入り「益城」甲板にネットを展開させて機体喪失することなく着艦してのけたそうだ。
さすがの練度だ。
いや喜んでいい話ではない。
着艦時の衝撃で車輪が折れて燃料に引火したら、もし爆装していたら、貴重な航空母艦、5000名を超える人命、120機もの航空機が失われていたかもしれないのだ。
もうこちらにブン投げたつもりになっているらしい海軍から「調査はどうなっているのか」と督促というか叱咤がきたそうだ。
慣熟も完了していない新型でいきなり実戦、しかも遠征作戦に出したのはどこの誰だと思っているのか。
進捗を相馬に聞いてみると砂浜からビーズ一粒を見つけるような心境らしい。
それは大げさだと思う。
しかし本来ならば重大な懸案事項であるし、製造工程を全て停止し一斉監査するべきなのだが何せ長年の慣例というやつであまい。
「原因が特定できないうちは製造ラインの停止には補償費が必要になる」
とか言うそうだ。
凄風33型に乗るパイロットに向かって言ってみろと思う。
しかし現状では相馬に急いであたりをつけて貰わねばなるまい。
応援になるかと思って三菱からの出向希望があった人員を速やかに送るように進言しておいたが、本当に速やかにいったらしい。
聞けばなかなか働くようでもあるしなによりだ。

まあ相馬のところも重要セクションではあるので、配属になる人間の身元くらいは洗っておかなければなるまい。
日下部栄太。
こいつは折原から聞いてたからほぼ問題なしと。
前任は帝都防空隊でもあるし空軍兵学校に入る時に一通り調べてるので割愛しよう。
小此木舞子。
こっちは民間だし、三菱で身元保証はしているが一応。
23歳、群馬県太田市出身。
両親、兄一人の家族構成。
実家は樹脂の射出成型の工場を経営しているが非常に貧しいようだ。
本人は中学卒業後に奨学生として三菱系列の成蹊学園に入学、卒業後に三菱商事に入社。
高卒で三菱商事とは凄い優秀さだな。
三菱商事ではアフリカへ赴任して石油プラント提携業務の補佐に従事。
アフリカ赴任中に三菱技研へと出向扱いとなり、5月に帰国。
それで空軍へ出向か。これはまた凄い経歴の持ち主だな。
相馬の話では今は雑用やらせてるそうだが、宝の持ち腐れだぞ。
語学堪能、成績優秀、写真によれば眉目秀麗。
きっと本人は頑張って稼いで実家をなんとかしてやろうと一所懸命なんだろうな。
いい話じゃないか。
しかしきっと三菱の腹積もりでは空軍と顔をつないでおいて軍関係の窓口となる幹部として本社に戻すはずだ。
優秀すぎる。
うっかり北海道に派遣することになったのだが大丈夫か?
岐阜の開発司令部でお歴々と顔をつなぐつもりで寄越したんじゃないだろうか。
配属先について三菱にも了解をとったらしいから問題はないと思うが。

で、渦中のはずの相馬の身辺だがいたって平穏だ。
日軽金の方にもあやしい動きはないらしい。
緋緋色金は思ったより評価が低いのか?
いや、まだ水面下の動きに留まっているとみた方がいい。
だいたい戦闘機というのは1機あたり最低でも30億から高性能機になれば100億に届こうという大きな商売だ。
主力機ともなれば最終的な生産機数は数百機にもなる。
米国などは配備機数や輸出機数を合わせれば数千機だというから驚きだ。
当然利権も大きい。
金が絡めば人間は狂う。
この部署に入ってそんな光景を幾度となく目にしてきた。
情報の漏洩対策は万全に近い。
軍関係の情報は一旦すべて空軍情報部で統括する巨大なサーバーを通してやり取りする。
情報の秘匿度により管理基準があり、状況に応じて変化もさせる。
現在の試作機62甲や緋緋色金の情報は重点管理項目になっており、ファイルの閲覧や複製には都度IDが必要になり、ファイルが複製された場合には元ファイルとは違う認識番号がファイル中に埋め込まれる。
印刷も同様で、「どこで、誰が、どれくらい、複製または印刷したのか」が常に追跡されている。
また、個別のファイルは常に探索が掛けられており、どの場所でどのファイルが存在しているかはリアルタイム監視されている。
不審な動きがあった場合には即時確認、または拘束の手順となる。
これらで防ぎきれないものは人間が大きく関わるケースだ。
図面や資料を直接持ちだして他所で複写する、撮影する。
機密事項を口頭で聞き出す。
資料を手書きで写す。
産業スパイや間諜は当然アシのつきにくいこれらの方法をとってくることが多い。
いわくHUMINT、ヒューミントというヤツだ。
電算機には電算機で対抗するのが最善、人には人で対抗するのが最善。
俺達のような仕事は結局いつまで経ってもなくなることはない。

コストの話がちらっと出たことで考えがそちらに行く。
人型電算機は製造コストはそれほど高額ではないらしい。
戦闘機と比べれば、ということだが。
自体が兵器ではなく、要は移動式電算機の一種と考えれば腑に落ちるか。
問題は技術開発、メンテナンス、育成技術、付帯技術開発といった一連のプロジェクト化の課題が多いことだ。
もともとの基礎技術は独逸からの移転であるそうだし、一から開発するにはまったくの手探りとなる。
空軍人型推進派も手詰まりになっているらしく、中島少将もおとなしい。
まああの人のことだから諦めているとも思えない。
最近は中島飛行機の方にもちょくちょく顔を出しているらしい。
まさか親戚の集まりでもないだろう。
高額な戦闘機をそれよりコストの低い新型電算機を導入して損耗率の大幅低下を企図する。
おそらくこんなところを狙ってあちこち根回ししているとは思うが、あの少将殿は若干変わり者のきらいがある。
多少なりとも、おかしなことになるのは覚悟しておいた方がいいかもしれない。
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