空軍技術研究所

〜その21〜                                           


日記 皇紀2664年6月21日 相馬馬助

図面はまさに総がかりで見なければならなかった。
完成機の図面なので参考になる部分もあったが、話をもう一度まとめると、
一、本田の新型発動機のドライテストでは異常はなく立ち入り検査でも異常は見つかっていない。
二、三菱は機体の変更部は少数で新規部品の納入検査では異常はない。
三、異常は全数ではなく一部に留まる。
四、異常を補修した機体で再発することが多い。
五、製造番号の近い機体での発生が多い。
これは多分一部製造ロットの加工不良が一番濃厚だ。
ただ組み上がってる機体の不具合を図面だけ追っ払って特定することが可能なのかどうか。
全部バラしてノギスで一個一個測るワケにもいかない。
いや、不具合の重篤度によってはそうするべきなのだが。
結局各班でなるべく手すきの人間があつまって組み付けされる手順にならって整理し、一点ずつ内容を吟味した。
聞いた不具合は、
燃料がうまく発動機に流れず燃焼が不完全になる、または停止する。
流量が不安定になりスロットルを開けても機動が正常にならない。
という充分恐ろしい内容だ。
様々な原因を推測して、該当部の図面を検討して予測される加工不良とそれによりもたらされる不具合と照合する。
可能性の高いものはファイルして保存して次に移る。
現品を持ってきてバラしてみれば話は早いのに、三菱と本田の立ち会いがなければ今後の意思疎通に齟齬をきたしかねないとか、随分呑気なことを言っているらしい。
下手すれば人死にが出るぞ。
しかも戦場でないところで出るかもしれない。
海軍の品質保証部は鼻薬嗅がされすぎではないのか。
もし空軍でこんなことがあれば…
いや、似たようなものなのかもしれないな。
どうも貧乏クジをひかされただけにしか思え無い。
任務、任務。

伏神を持ってきたので早速辞令が出た。
近日中に日下部がこの北の果てまで飛ばされてくる。
「ん?」
隣にもう一つ辞令が出ていた。
(開発部:小此木 舞子 二等空曹)
女?機関大学出にしては時期外れだな。
仕方ないので所長のところまで出向いてみた。
「なんだ相馬、貴様も女と聞いて目の色変えて飛んできたのか」
所長は面白そうに言う。
貴様『も』というと
「折原が先に来たんですか」
「おう、早速きて『美人ですか』ときたもんだ」
はあ、馬鹿だな。
「俺は顔まで知らんと言ったら『楽しみにしておきます』と抜かして帰ったが。相馬、顔は知らんぞ?」
「顔はわたしも気にしておりません。変な時期だなと思いまして」
「ああ、それなんだが、手が足りないって話はずっと言っておいたんだ。ところが機関学校出た奴は軒並み岐阜に行っちまうし、どこも手が足りないのは一緒だって聞きやしなかったんだ」
それはわかる。
手が足りないのは空軍全体でそうだ。
操縦士にしても定数満たしていない。
海軍航空隊が一番人気があり、海軍学校に入る人間の方が全然多いのだ。
平時ではあるし輸送隊や救難隊の定数から先にそろえようとすると地方の警戒隊などはほとんど定数に満たない。
「で、この小此木空曹はどういった人間でしょうか」
「ああ、出向なんだ」
「なるほど」
たまに民間から技術協力、技術交流、あるいは研修目的で軍の研究所に来る人間がいる。
堀井少将も出向といえば出向だ。
片道ではなく、特に研修の人間は期間が終われば企業へ戻る。その場合は軍属扱いなのだが。
「軍籍ついてますね」
「研修は研修なんだが、片道になる可能性もあって軍籍つけたらしいぞ」
「若いんですか?」
「齢は23だそうだ。顔は知らんぞ」
「だから顔はいいですよ。それだけ若いと使えなさそうですね」
「飲み込みによるだろ。貴様が最初に来た時も若くて操縦士あがりでヤサオトコだったからつっ返そうと思ったよ」
「はは、それは失礼いたしました」
しかしこの忙しい時期に研修で来てもロクについててやれないなあ。
放り出しておいて、もしも美人だったら折原がおかしなことをしそうでこわい。
できれば不美人がいい。
仕事と顔は関係ない。
わたしは分け隔てなく接する、と思う。

出かけている間に日軽金の徳間君が来てくれていたそうだ。
この間の事は電話で伝えてお礼も言っておいたのだが、顔を出してくれたようだ。
親方が話を聞いておいてくれたそうだが、静岡は蒲原にある日軽金の研究所でいろいろ話をしたいらしい。
緋緋色金を本格的に応用したいそうで、当面機密もあるから流出の危険を吟味したいそうだ。
これは次回内地に戻った時も忙しそうだな。
折原はいいとして親方を連れて回らないといけない。
情報部の件がそこまでにまとまれば府中へ顔出しして、親方の旧知という綾瀬と浦和の金型屋に打ち合わせに行き、蒲原の日軽金研究所へ。
蒲原まで行くのなら実家にも寄りたいが、果たして時間が取れるだろうか。
実家は親父と弟がプレス工場をやっている。
小さな工場で家族と何人かの従業員で切り盛りしている。
わたしが家を出てしまったせいで弟が継ぐことになったのだが、文句も言わずやってくれている。
忙しさにかまけてしばらく帰っていないので、途中一日でも半日でも休暇を貰って顔を出したい。
凄風33型は確か組立が三菱の名古屋工場だ。
蒲原の後はそのまま名古屋まで行く破目になるかもしれない。
堀井少将の言っていた繋ぎ役兼計画を推進する馬車馬のような役目とはこのようなものだろうか。
目まぐるしくて何をやりたいのか、何をやっているのかさっぱりわからなくなりそうだ。
こんなことで62甲はちゃんと飛ぶのだろうか。
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