空軍技術研究所

〜その20〜                                           


日記 皇紀2664年6月15日 相馬馬助

岐阜に着いたのは夜だったので朝を待って岐阜基地へと向かう。
堀井少将と開発本部には声をかけてあった。
今回用があったのは格納庫だ。
「お久しぶりです」
整備隊長に挨拶する。
「やあ相馬君。お元気そうで何より」
岐阜基地は各メーカーの試作機や改良試験機などが集まるちょっとした見本市だ。
ここの整備隊長はそうした不慣れな機体でも初見で仕上げる腕の持ち主だ。
「ようやく引取りに来れましたよ。長い間お預けしてしまい申し訳ありません」
「はは。試験装備をいろいろ着けたんだが、結局は飛ばず終いだったからね」
「何せ乗り手がいませんでしたので」
「誰が乗るんだい?君か?」
「いやいや、それでは勿体無いですよ。折原が土浦から日下部を引っ張ってくるようです」
「それは日下部も災難だなあ」
整備隊長はわたしを手招きして格納庫の一画へと案内してくれた。
「お久しぶり」
わたしはその機体に声をかけた。
電探波吸収塗料によって黒く塗りあげられた機体は空技研にある真神と瓜二つだった。
それもそのはず、これは真神の実験過程で機体が喪失した場合に備えて製造された予備機なのだ。
その後試験目的で、単機で敵地深く浸透し撮影や情報収集を行うための偵察機としての機能を付与された。
しかし真神の計画自体が完了し、真神の機体を使用しての計画は全て中止となったため未検証のまま岐阜基地に残されていたのだ。
真神二号機、開発での通称は「伏神」。
ちなみに真神は当初「しんしん」と発音されていたが、いつのまにか「まさがみ」になっていた。
二号機も真神二号機または真神改だったが、通称がつけられたころには「まさがみ」発音だったため、倣って「ふせがみ」と呼ばれた。
追加された内容は燃料タンクの大幅拡張、簡易電子戦装備、光学撮影機器、などとなっている。
偵察要員を乗せるための複座化も検討されたが機体の拡張が必要なため見送られた。
重量は増しており真神に比べると機動性は劣る。
ただし現用偵察機と比較してもほぼ同等以上の性能、機能を有しているため、完全な練習機、実験機である真神と違い有事には実戦投入も可能だ。
武装の類がないのは共通だが。
「日下部がここに寄るのかい?」
「そのつもりです」
「面倒だから君が乗っていけばいい」
「え?それはまずいですよ」
「君の操縦士資格は抹消されていないんだろう?輸送目的ならいいんじゃないか?」
「うーん」
「さすがに墜落させはしないだろう」
確かに真神の計画に参加したのも操縦士資格を持っているから簡単なテストならできるという理由ではあったし、この間も一号機に乗っているが。
「われわれはそのつもりで燃料まで入れていたんだがなあ」
「わかりましたよ。ちょっと許可取ってきます」

堀井少将に呼びだされた。
まあそうだろうな。
「なんだ珍しいな。乗っていくのか」
「ええ、なにやらそういった流れになってしまいました」
「別に下手糞で飛行科落第したわけじゃないんだから問題なかろう」
「別段革新的な操縦機構を盛り込んでいる機体ではないので戦闘機動がなければ大丈夫だと思われます」
「戦闘機動も大丈夫だったと聞いているぞ?」
折原の相手をしたときのことか。
「いえ、内容は散々でした」
「この間来た時には通り一遍の報告しかなかったが、なんだかいろいろ活躍してるようじゃないか」
「いろいろですか?」
「ああ、千歳基地で中島少将相手に一歩もひかなかったとか昨日は内諜の潜入調査につきあうことになったとか」
全部聞いてるのか。
「いや正直いって図面引いているのより現場で金物触ってる方が落ち着く性分ですので、あまり畑違いの仕事が多くてもお役に立てません」
「実際のモノに関しては相澤さんに任せとけば大丈夫だろう。君がやるべきなのはもう少し大局的な仕事さ」
「と、おっしゃいますと」
「こないだも言ったと思うが、技術屋も色々でな。相澤さんは現場の鬼だ。まさしく職人で一切の妥協もない、与えられた仕事を要求以上の品質でやり通す」
「はい」
「一方わたしは設計屋だよ。軍の言う絵空事のような仕様をどうにか図面に落とし込む。絵空事からようやく絵にする」
「はい」
「君は今のとこそのつなぎの部分をやって貰っている。大きい図面から部品図に描き起こし、公差や嵌め合いを考えて現場との渡しをする」
「はい」
「民間はどうしてると思うかね」
「民間というと三菱や中島ですか?」
「ああ、それを含めて日軽金や日産や住友金属だってそうさ。なんなら食品会社だって開発をするんだからそれでもいい」
「ちょっとわかりません」
「民間は軍のように部門で縦割りで動いたりせんよ。そりゃ命令系統はあるが、一旦全社的なプロジェクトが始まれば様々な部門から専門のスタッフが集まって効率的に計画を推進していく。会社内だけとは限らん。協力企業や外注まで一丸となってやるんだ」
素直に感心してしまった。それなら意志決定も早く、プロジェクト担当者で詰まる件があれば同じ部門から協力を仰ぐのもたやすい。
民間はやはり違う。軍は動きが悪いのだ。
「無論それには弊害もあるだろう。しかしやはりメリットは大きい。わたしはそのプロジェクトが必ずしも軍主導でなくていいとすら思っている。これまでの仕様発注、競争入札、開発というやり方に拘らず、たとえば三軍の開発、軍実務者、製造メーカー技術部、素材メーカー技術部、可能ならばそれらの開発、製造にあたり技術や提案を持っている民間の中小企業に至るまで渾然一体となって計画を推進することができないかと考えているのだよ」
それはまたある意味気宇壮大な話だ。頭の片隅で(共産主義なら可能なのか?)とも思った。
だが現実の社会主義国家群、共産主義国家でもそこまでの話は聞かない。意志決定の時間にイデオロギーは関係ない。
「君がやるんだよ、相馬君」
「は!?」
心の声そのまま。
「実際君はそうなればいいと思っているだろう」
それは思うが。黙っていた。
「君にはその資質がある、あればよいと願って、これまでの空技研の技術屋とは随分違った仕事の与え方をしてきた。上から下まで目が届くように。いや全部理解していなくてもいい。一度は全部の段階まで目を通し記憶の中に留めるように。そしていずれは計画全体を見通す目を、そうでなくても計画の各所にきちんと血が行き渡るように調整する力を培って欲しい」
いやこれはどうしたらよいのだろう。
そんな期待をかけられていたとは嬉しいやら面映ゆいやら。
しかしそんな期待に応えることなど
「私は一介の技術少尉に過ぎません。そのような大層な者では」
「ああ、緋緋色金の件もあるし真神計画完了という功にも報いていないのでな。中尉昇進だ、おめでとう相馬君」
いやそういう問題では…
「ありがとうございます。非才の身ではありますが、粉骨砕身陛下と帝国と臣民のために職責を全ういたします」
いやそう答えなければ非礼となってしまうのだ。
「叙任はおって連絡する」
「話を戻してよろしいですか?」
「無論だ」
「閣下は具体的に私にどのような任務あるいは計画達成を望んでおられるのですか?」
「まあ差し当たっては目の前のことを片づけてくれ。大胆かつ細心に」
「はあ」
「いろいろ言ったが私の希望がそうであるということさ。君は君だ。意外と航空隊に復帰してエースになるかもしれん」
「それは意外すぎます」

なんだか混乱しながら飛行許可を貰ってきた。
結局何が言いたかったのか半分はわかって半分はわからない。
堀井少将の言うように62計画が官民一体のプロジェクトとしてライバル会社の垣根すら越えて、推進そして検証も大きな視野から行っていけば下手をすれば来年には試作機が飛ぶかもしれない。
建物ひとつみてもそうだ。
公共事業の建物は計画が始まって予算を年度ごとに獲得分配し、調査して根回しして、やっと着工したと思えば長い工期が掛って費用も高額だ。
ところが民間の建物は安全基準さえ満たせば計画や申請は同時進行で行い、指定工期に完了しなければ違約金まで取る。見積りは容赦なく競合させしかも叩く
一長一短ある、建物と兵器は違う。
しかし軍の航空機に限らず様々な官主導のものがこのままでいいとは思え無い。
よりよいものを短期間で確実に安定して完成、供給されるような前例ができれば確かにすばらしい。
軍の権限、官民一体の頭脳と技術、民間の幅広い設備やネットワーク、それらが有機的に連携できればどれほどの潜在能力があるか。
だが、実際にはメンツや監督権、既得権益、慣例などが障害となり実現の可能性は低い。
一少尉には余計に無理だ。
一中尉でも無理だ。
堀井少将は何を思って私にあのような理想を語られたのだろう。
酒飲み話のようなものだろうか。

伏神は非常によく手入れされていた。
航続距離にも余裕があるので海上飛行中に限界機動(あくまでも自分なりの)を行ってみた。
重量増加分のもたつきなどは感じられない。
折原あたりが乗れば真神との差がわかるのだろうか。
機関砲があれば格闘戦でもやれそうな気がするがそこは仕方ない。
ある程度のマニューバを試してデータを記録すると通常の飛行に戻った。
機体の再チェックが終わればあとは折原か日下部にやらせればいいだろう。
内地での仕事が増えそうな気配だ。
少将の言った通り目の前の仕事を早めに片づけなければなるまい。
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