空軍技術研究所

〜その14〜                                           


日記 皇紀2664年5月24日 相馬馬助

参った。
意外なところから怪しい接触があった。
まったくの予想外だ。
『宛 空軍技術研究所 相馬馬助少尉殿 発 空軍千歳基地司令 中島宙平少将』
生え抜きの将官殿からのメールが届いていた。
内容はこうだ。
「貴官の平素よりの研鑚、探究による技術向上は実に目覚ましいと聞き及んでおり小官も感服している。
 さらに先日は帝国の将来におおいに貢献しうる研究を達しつつあると聞いた。
 ついては空軍ならびに帝国のために、その成果を披露して貰いたい。
 諸外国間諜等に漏洩することは絶対に避けたいので、ご足労をかけるが近日中に千歳基地から迎えがいくので同行をお願いする。
 
 以上」
有無を言わさない内容だ。
これが普通の将官殿ならば新発見と聞いて見てみたくなった、ということもあるのだが。
中島宙平少将は中島飛行機創業者の一族に連なるお人なのだ。
もともとは海軍の飛行機乗りで空軍設立時に引き抜かれたのだ。
血筋も一流、飛行機乗りとしての戦果も上々、空軍に移籍してからも教導隊の教官や教育総隊の司令などを歴任し実績も充分。
いまは北方ににらみを利かせる千歳基地の司令官として人望も厚い現役バリバリの将官様だ。
そんな人に
「独り占めはけしからん。中島飛行機に技術を供与せよ」
と言われたらどうかわせばよいものか。
さすればたちまちに資金潤沢な開発陣は緋緋色金をもとに現行機を改修し、比較的安価なプランを空軍に売り込んで採用される、といった流れが想像される。
私たちの夢は潰えてしまうのだ。
一介の技術少尉である身ではそれらの利権が絡んだ話の流れを止めることなどできない。
しかも緋緋色金は空軍の独自技術や私個人の発見した技術でもなんでもない。
素材メーカーの日本軽金属の取得技術だ。
これを機体メーカーである中島重工が仕入れたいと言った場合に止められるものなのか。
早急に日軽金の徳間君に相談しなければならない。
明日にでも来てもらおう。

初心に返ろうと全体図を拡げてみる。
航空機はとても美しい。
これは究極の機能美だ。
空を高く速く飛ぶために練り上げられ、研ぎ澄まされた姿が胸を打つ。
そこには積み上げられた知恵と飽くなき工夫が織りなされている。
先進技術検証機「真神」の計画に参加したのは空技研に配属して間もなくだった。
予算も先の見通しもなく、限られた設備で必死になって産み落とされた機体だった。
軍用試作機としての計画はついに認められず、新型発動機の外殻として、また当時研究されていた新技術の試験用として、当初の計画の半分ほどの大きさと出力しか与えられなかった。
「空軍のおもちゃ」と揶揄されることもしばしばで、計画途中で陸軍航空局や海軍空技廠、または民間の研究室に行ってしまう人間も多かった。
私が配属になった頃は計画も大詰めで、試験機の飛行に向けた手直しに追われている最中だった。
先任の技術士官は既に海軍空技廠への転出が決まっており、引き継ぎをしながらの作業となった。
最後の仕事になった真神に対して思い入れは相当だったようで
「くれぐれも頼む」
と何度も私に頭を下げた。
それは真神に対してのものなのか、空技研の後を、ということだったのかはわからない。
右も左も勝手がつかめないまま、徹夜続きで油にまみれて作業上を走りまわっていた。
仮組みした機体の一部をトレーラーに積んで試験場まで持ち込んだことも一度や二度ではない。
武装もなく、完成後の転用予定もない、塗装色すら決まらず黒く塗りつぶされた機体。
空軍内ですら真神が唯一の空技研の成果になるのではと思われていた。
しかしそれを覆したのは真神の飛行試験の結果だった。
制式の軽戦よりはるかに小さい機体は重量等の面で、拡大した場合の運動性を想像するにはあまりにもデータが足りなかった。
それでも電探透過性、上昇性能、運動性、そして何より小さな機体の中に必要なシステムの全てを組み込めたという実績。
これらは無視できない成績を残した。
結果、空技研は存続を許され「試62計画」という計画機も立ち上がった。
得られた空力や有視界戦闘ですらレーダーで霞むといわれた脅威の電探投射面積、その他のデータは試62甲にも活かされている。
発動機も石川島の技術者共々貴重な習作になった。
蚊帳の外だった武装の開発も陸海軍の武装をよく吟味して改良、開発に熱が入った。
機は熟している。
ここで潰れるわけにはいかない。
所長を差し置き空技研の代表として名指しされたからには何としても踏ん張ってみせる。

明日のつもりだったのだが、徳間君は夜遅くなって駆けつけてくれた
「御苦労だったね」
「少尉、なにやら大変なことになりましたね」
「うん」
徳間君は手に入れられるだけの情報をかき集めてきてくれた。
しかし中島重工で目立った動きはないのだという。
「中島は現在飛電の改良型を進めていますが、これはベース機が既に存在するため緋緋色金を使って各所のバランス取りをやり直す可能性は少ないと思います」
「しかしこっちの頭を押さえにくることは考えられるな」
「それは勿論です。ですが」
徳間君は一枚の書面を持ってきた。
「出がけに社長に電話してこいつをFAXさせました」
『覚書』
とあるそれには次のような内容が書かれていた。
『現在研究中の新アルミニウム合金(以下阿号とする)は弊社技術陣にて発見、開発されしものなれど、帝国とりわけ軍にとり非常に有益であると判断されることから、帝国軍と弊社の協議により判断されるまでの間、技術の秘匿性を維持するため民間への供与は行わないことを具申する。
また、現在軍の装備製造に携わっている企業においてはこの限りでないが、都度上と同様の協議を経て一件ごとに判断されるべきと思われる。
皇紀二六六四年 五月二十四日 日本軽金属株式会社 代表取締役社長 篠原誠』
私は絶句した。
「うちの社長もなんだか今度の話を大事にしたいみたいなんですよ。少尉にもよろしくと言っていました」
きっちり社印、代表者印の入った正式書類だ。
これの本書が近々空軍に郵送されるわけか。
「すまない、ありがとう」
頭を下げた。本当にありがたい。
「いやいや!頭をあげてくださいよ。ウチだってあまりに早く広まっては儲けが減るかもしれませんし、あくまでも商売ですよ商売」
徳間君はあわてたように言った。
きっと社長に相当な勢いで噛みついたのではなかろうか。
しかしこれで非常に心強い。
これを突きつけることまではしないが、空軍と中島と日軽金で協議をして決定されるとすれば少なくとも時間稼ぎにはなる。
その間に開発を進められれば先んじられる可能性は充分ある。
「千歳基地は私もついていきましょうか?」
「いや大丈夫だよ。強力なお札もいただいたしね」
と先程の覚書を掲げる。
「それより遅いしこのまま官舎の空き部屋に泊まっていくかい?」
「いえいえお気遣いなく。しっかりと駅前のビジネスホテルをとってきましたよ」
用件だけ済ますと徳間君はさっさと帰っていく。
借りができたなあ。

どうも待って迎え撃つのは性分ではない。
明日朝一番連絡を入れてこちらから乗り込んでやろう。
薄暮攻撃というやつだ。
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