空軍技術研究所

〜その13〜                                           


日記 皇紀2664年5月23日 相馬馬助

剣崎からのメールに添付されてきた画像をみて唖然とした。
見目麗しいと聞いてはいたが、よもやこれほどとは思わなかった。
「帝国海軍連合艦隊提督 桜花大将閣下」
というタイトルの画像には、おそらく着任式の模様が撮影されており被写体となった桜花大将は海軍正装をしている。
大将の階級章をつけているのがなんだか現実離れしていた。
まさに花のような少女だ。
そこに感じられるものに機械的な冷たさは微塵もなく、柔らかく温かい微笑で満たされていた。
純粋に技術的な興味しかなく、構造体や皮膚素材の応用ができないか等々考えていたのがなんだか霧散した。
神聖不可侵なものであると、そう思えてならなかった。
これを空軍に…いやよくわからないな。なにがベストなのだろう。

夜になって折原と飲みに出かけた。
今日は割り勘だ。
「なんだかお前の機械屋っぷりも板についてきたなあ」
折原と親方は工作機械のテーブル拡張をやっていた。
とは言っても本格的な拡張をやると結構な金額になるので、機械にのせた材料がバランスを崩して落ちないようにする支えを付け足して、基準点と精度の出し直しをしたのだが。
「そして帝国は一人の稀代の名パイロットを失いつつあるってことだ」
そう言われると耳が痛い。
正直折原を呼ぶのが早すぎたのは認める。
だがしかし気心の知れたパイロットで腕の確かな人物となるとほとんどいない。
自分で言うとおり折原はエース級だ。戦時ならば前線に出て基地航空隊の飛行隊長くらいはすぐに務めただろう。
呼ぶ時期が遅れたらおいそれとは声をかけられない立場になっていたかもしれない。
かといって機械屋として転科させてしまうわけにもいかないし、もったいない。
「しかし私が空戦の相手をしてもなんの足しにもなるまいよ」
「おう、それでなんだがな」
折原が言うには帝都防空隊で小隊のパイロットだった男を連れてきたいというのだ。
「日下部っていう奴で俺より2期後輩なんだが、腕は保証するぞ」
「しかし何と言って連れてくるんだ?お前の時みたいに真神で釣れるのか?」
「先輩命令だよ。いざとなればブン殴って簀巻きにして担いでくればいい」
おいおい
「そんなに有望なパイロットを引き抜くのになんて口実にすればいいのかなあ」
テスト機の存在しない開発飛行隊にエースが2名もきたらなにか言われるかもしれない。
「戦技研究班でいいんじゃねえか?」
折原はこともなげにこたえる。
そうか、たしかに空軍教導隊にも戦技研究班はない。現在の空軍曲技飛行隊である第11飛行隊(通称:天竜)も一時期戦技研究班とされていたが、現在は改編されている。
この線で押して人事が通るかどうかだが。なにせ2度目だからな。
「それより相馬よ、のる飛行機はあるのか?毎回飛電借りるのもどうかとおもうぞ?」
「ああ、それなら心当たりがある。機体をたのむついでに堀井少将に人事の件も頭下げるよ」
「おう。おれは前もって日下部をどうにかしとくわ。1日出張させてくれ」
「構わんが、1日だと?」
「真神でいく」
やっぱりか…
「長距離飛行時の発動機試験とでも申請しとくよ」
「おう!」
意外と書類仕事も多いのだ。
加藤少佐は書類を送れば黙って判をついてくれるので非常に助かっているが。
「それでどうだ?なんだか脅されていたような不逞の輩は現れたのか?」
「いいや特に。それらが来るとしてどうやってくるんだろうな」
「そうだなあ、帝国内で企業がらみでくるんだろ?まさか特殊部隊が急襲して現物強奪ってことはあるまいよ」
「おいおい、物騒すぎるだろ」
「まあ金か女つかませて横流し依頼が妥当だろう」
「そうだなあ」
どちらも興味がないではないが、そんなもので魂は売り渡せない。
そんな話をしながら夜が更けるまで折原とおおいに飲んだ。

「おや?」
部屋に帰ってくると新着メールが届いていた。
こんな夜遅くに返信もできないし、あまりに眠かったのでとりあえず寝てしまうことにした。
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