空軍技術研究所

〜その12〜                                           


日記 皇紀2664年5月22日 剣崎義晴

インテリジェンスというと帝国での一般認識では「知性、知能」と訳する人が多い。
欧米ではもっと様々な意味が使われている。知性、知能の働いた結果を指す。つまり情報、諜報活動だ。
通信等の諜報はシギント(Singnal intelligennceの略)と呼ばれ、信号傍受のテリント、電子情報収集たるエリント、いわゆるスパイ、ハニートラップなどのヒューミント、写真と衛星写真はフォトミント、イミントと呼ばれる。
防諜活動なども含め多岐にわたる。
空軍情報部は組織的に内諜の一課、外諜の二課、電子戦の三課に分かれる。
俺のいる一課は非常に忙しく面倒だ。
公安の真似ごと、企業への潜入調査、陸軍、海軍、そして空軍への調査。
アナログな分野はおよそ関わらなければならない。
血なまぐさい話も多く、いつ自分が関わるかわかったものではない。
金やハニートラップなどで他国に情報を渡し秘密裡に処分された現役、OBの関係者もいる。
そんな中で分かってくるのは軍も一枚岩ではない、ということだ。
必ずどこかの影響を受け、どこかになびいている者達によって派閥が作られ、利害の反する派閥と反目する。
影響は思想であったり権力であったり金であったりだ。
金はおおよそ外国か企業から流れてくる。
俺などからすれば付け届けをするよりも単価を下げればいいと思うが、費用対効果からするとワイロの方がよっぽど割に合うとみられる。

かくいう俺も組織の一員である以上派閥に取り込まれている。
空軍は三軍の中で最も所帯が小さい分、処遇改善を求める声は大きい。
これらは派閥というよりは空軍の総意のようなものだ。
「いかにして」処遇を改善していくか、というところで派閥が分かれるのだ。
まずイケイケ派(そんな名前はないが便宜上だ)。
なるべく多くの予算と発言権を勝ち取り、装備と人員を拡充させていく。これはいわゆる「手柄」によって誘導されるもので、派遣作戦や大規模作戦になるべく大量の戦力を投入し目立つ戦果をあげる、というものだ。
非常にわかりやすい。
だがこれらは既にジレンマに陥っている。
予算も発言権もないのに大戦力を大作戦に送り込む機会があるか、だ。
ただわかりやすい愚痴のような考え方で、なかなか前に進めないにも関わらず空軍の大多数はこの考え方だ。
「陸軍、空軍はけしからん!」というクダ巻きはこの派閥の人間だ。
次がバックボーン派(これも仮につけている)。
要は偉いとこに擦り寄ろうという考え方だ。これもわかりやすい。
たとえば三国志で有名は諸葛亮による「天下三分の計」みたいなものだ。
陸軍に擦り寄って海軍の発言権を削り相対的に空軍のそれを得るか、または海軍に与するか。
結局これもどちらに擦り寄るかで決着がつかないまま膠着しているらしいのでお手上げだ。
そして思考転換派。
これが俺が属しているというか巻き込まれている派閥になる。
空軍の存在意義を量的なものからシフトして考えようというものだ。
考えてみれば陸海軍にはそれぞれ航空隊があるが、空軍に戦車や戦艦はない。
絶対量として上回ることができないのなら違ったアプローチをしようというものだ。
隙間(ニッチ)産業みたいなものなのか。
比較的穏健派がこれを支持していて、話の持っていき方によっては損のないことなので計画推進にはあまり異論が出ない。
その中でも肝煎りで進められてきたのが「航空機技術向上計画」だ。
さすがに量産機を生産するのは無理なので、量産試作機の製作まで空軍で主導して各生産拠点に振り分けるというものだ。
民間では過大に見積もられる研究開発費を圧縮し、機密の漏えいもまた防衛する。
これはいよいよ軌道に乗ってきた感があり、こちらの監視部署も動きが多くなってきた。

実はこの派閥の中にもうひとつ別働隊みたいな小規模な動きがある。
将官クラスも何人かからんでいる。
ただどうも俺には伝わっていないが、これは空軍独自の動きではないらしい。
三軍合同、というよりまた別の組織があり三軍の一部が関与している感じなのだ。
この別働隊では俺は下働きだ。
今のところ具体的な動きはないが上からひとつ言われていることは
「相馬馬助技術少尉を逐次観察し、機会を見て取り込め」
面倒なことに巻き込まれているのか?とも思ったがその指令を寄越した将官を見て思い直した。
署名には「堀井円蔵」とあった。
あの人は相馬にとっては軍での親代わりみたいな人だ。
その航空機の神様、堀井少将が関わっている航空機では非ざるもの。
それは人型電算機だ。
俺達の別働隊は空軍の中でも最も強く人型電算機の導入を推進するグループだ。
独逸よりもたらされた魔術的とすら思われる超技術。
はたして軍事的優位を保つためには所有が必須とされる兵器なのか、それとももっと未来を志向するデバイスなのか。
俺にはわからない。
ただ見せて貰った初期開発段階の人型電算機の写真を見て、そのあまりの趣味に思わず笑ってしまったのだ。
てっきり昔のSF映画に出てくるような無機質なブリキの箱を集めたような形を想像していたんだがまるで違った。
とびきりのいい女だった。
独逸の趣味なのか開発者の趣味なのかはわからない。
こういった付加価値の部分に全力を注ぎ込む姿勢に感動した。
ある意味余裕ともいえるようなこういうものを作り出した人間達と一緒なら仕事も楽しいに違いないと思い本格的に加担した。
とはいってもあまり暗躍するような仕事でもなかった。
徐々に賛同者、協力者を増やし、三軍がより連携できるような下地を作り、その接着剤として人型電算機を導入する。
またそれにより情報の共有や即時性を飛躍的に向上させ作戦の遂行率を高める。
このような題目があるのだから相馬もすんなり首を縦に振るとは思うのだが、何せあいつはどちらかというと堅物だ。
急いては事をし損じるというものだ。ゆっくりやる。

ひたすらに職人気質だったあいつも、(堀井少将の差し金による人事もあり)責任的立場に置かれて多少政治めいたことにも目を向けられるようになった。
多分あいつは技術畑としては異例のスピード出世を遂げる。
緋緋色金の技術をまとめた功績で近々中尉昇進だ。
試62甲の目途がつき、地上試験に成功した段階で大尉になる。
その頃には62計画全体の機体責任者となり62甲の飛行試験成功時には少佐と叙勲がある。
おそらく堀井少将は自分の後継者にと買っているのだろう。
自分も出向組で政治的なものは今一つ弱い。
相馬も転入組なので上に行くには実績が必要だ。
相馬本人に出世欲は感じられないが、肩書きは軍では大事なものだ。
堀井少将はそれを相馬にくれてやろうとしている。
計画を推進するために、腕の確かな信頼できる補佐が欲しいのだ。
俺はその道筋をサポートしてやる。
汚れ仕事も引き受けてやるつもりでいる。
相馬は不思議な男だ。
なんとなく人を引き付ける。
空軍のトップエースだった折原は帝都防空隊の隊長も夢ではなかったのに同期だからという理由であっさり相馬についていった。
口ではぶつくさ言っていたが。
堀井少将も相馬を買っているが、その執心ぶりははたでみていて贔屓とみられやしないかと心配になることがある。
どちらかというと朴訥としていて物腰は柔らかい。
公明正大であり思慮深い。
いわゆる好人物なのだがあいつの本当の魅力はなんなのだろうな。

最近は俺が頻繁に海軍の桜花提督の情報を送っているので訝しく思っているらしい。
だがこれは別に秘匿情報でもなんでもなく大半の帝国軍人(いやそろそろ帝国臣民にも情報がいきわたっている)の専らの関心事だ。
今はその動向を知って興味を持ってくれるだけでいい。
開発中の女神の盾にしろ、その盾を手にするのは文字通り人型電算機という女神さまなのだ。
それありきで様々なことが進行していることを相馬はいずれ知る。
その時にそれを否定せず、受け入れてくれるようになっていてくれればいい。
それがおそらく堀井少将らの思惑であると思う。
よし今日は桜花大将の写真送っとこう。
普通なら一発でなびくんだがな。
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