空軍技術研究所

〜その11〜                                           


日記 皇紀2664年5月18日 相馬馬助

木型屋を呼ぶ。
二つの仕事を依頼する。
まずは木製モックアップ。
これは実機を実機スケールで外観を寸分違わず製作する。
イメージしやすいのと、変更があった場合は手加工しやすい。
もうひとつは部品図にしたがって大型外板部品のパーツを木製で製作する。
これは接着剤で貼り合せて、モックアップと比較する。
その後もう一度分解して試作機製作時の加工サンプルおよび、量産金型製作の寸法見本として使用する。
板金プレス加工で航空機本体を量産した経験がどこのメーカーにもないため、金型製作、プレス業者の選定、プレス試作と修正、立ち上げ、という工程にまで空技研が関与することになるかもしれない。
プレス機自体が現行のものでまかなえるかどうかだが、これは金型の話がはじまったあたりで小松製作所の技術者を立ち会わせるしかあるまい。
ことによるとプレス機自体を新たに製作して、ラインを作ることになるかもしれないが、それは私の手を離れる話だ。
木型屋はにいっと笑う。
「こりゃまた面白い仕事ですねえ」
「だろう?空軍だものな、やはり飛行機のことは飛行機屋がやりたいという心情がここまで突き進ませたんだろうね」
「ははは、三菱や中島はなんでも屋ですからなあ」
「どうせ生産はやるんだろうが、連中の設計費は高いって開発の設計屋がボヤいていたよ。自分たちも充分な高給取りなんだが」
「こう言ってはなんですが、空軍の乏しい開発費でみなさんよくやっておいでですよ」
「相澤さんがいて助かるんだ。機械は中古の出物を探してきてくれたり、修理もメーカー呼ばないで腕のいい一人親方の職人呼んでくれたりするから稼働率は前線の戦闘機よりよっぽどいい」
「少尉殿も相澤さんも軍人さんというよりは『ものづくり』の現場の方ですね」
それはなんだか褒め言葉に聞こえない。帝国が技術立国であることを強調すべく産業界のお偉方がさかんに『ものづくり』という言葉を多用するが、なんとなく嫌いだ。
我々は仕事をしている。
もっと言えば人殺しの道具を作っている。
そんな業を噛みしめ、時には忘れてしまいながら目の前の仕事を片付けていく。
それだけだ。
帝国のため、臣民のため、空軍のため、堀井少将のため、支えてくれる仲間のため、家族のため、手がけた飛行機が空を飛ぶ日を見るため。
おそらく皆そうやって仕事をしている。

いよいよ日軽金から1次サンプルがとどいた。
見た目はなんのことはないアルミ板だ。持った感じはやはり通常のアルミ材と変わらない。比重には大差ないと思われる。
この合金の名称は「新ジュラルミン」とか「強ジュラルミン」という候補が上がっているらしいが、どうしても緋緋色金のほうがなじんできている。
アルミニウム、マグネシウム、銅、亜鉛(とその他微量に他の金属の含有がある)を一定比率で混ぜて例の新希少金属が配合される。
この新希少金属が通称「緋緋色金」と呼ばれる可能性があるので、合金はジュラルミンの名前を踏襲したい考えのようだ。
名前は正直どちらでもよろしい。
考えてみれば皇紀2596年に海軍航空廠の要請で住友金属が超々ジュラルミンを開発して以来のアルミ合金の進歩ともいえる。
主な特徴は次のようになるそうだ。
超々ジュラルミン同様、鍛造やプレス等応のかかる工程による加工硬化をおこし強度があがりチタンの98%の強度がある。
比重は超々ジュラルミンと同一。
耐食性、耐候性は検証中であるが従来より良好と思われる。
同様に経年劣化による強度低下も超々ジュラルミンと比較して低下率は35%程度と見込まれる。
価格はおおよそチタンの40%と従来のアルミ合金と変わらない価格で流通できる見込みらしい。
いいことづくめじゃないか。
あとは加工機と金型のサイズから一点の部品の大きさの限界を出して、部品ごとの接合の方法、ポイントを割り出す。
一枚の板から一機の機体を作りだすのが強度的にはいいに決まっているが、加工性というものがある。
加工機や金型があまり複雑、高価になってしまっては生産性が落ちる。
なにも一点ものの高性能機を作るわけではないのだ。量産を見越した試作機を作らねば意味がない。
製図仕事は得意とは言えないが、これはしばらくCADにかじりついていないとならない。
親方と折原の製作機械改造もメーカーのサービスを交えて始まっている。
文句を言いながらだが、傍からみているとどうも楽しんでいるように思える。

今のところさんざん脅されたおかしなこともない。
というかほぼ兵舎と作業場の行き来の生活で懸念されるような何かが起こるものなのか?
用心はするが気を張っていても疲れるだけだ。
なるようにしかならないだろう。

あとは剣崎から先日の問い合わせの返答がきていた。
問い合わせておいてなんだが、情報部がよく私あたりに情報をくれるものだ。
機密とはほど遠いものなのかもしれないが。
「開発部は次期電算システムの候補を絞り切れていない模様。海軍に追従し空軍への人型電算機の導入を推進するか、独自に新型電算システムを開発するかで二分されている」
概ね予想通り。
人型電算機はどうも海軍への打診がうまくいっていないらしいし予算の問題もある。
ただ新型システム、女神の盾を構築するにも開発費は相当かかると思われるのだが。
兵器の世界、特に性能競争は過酷だ。
戦車や航空機は1世代違えば子供と大人の喧嘩のようになってしまう。
他国から購入しようとしてもブラックボックスがあったり、デチューン版が供与されたりということになる。
開発は博打のようなもので予算を湯水のように使って結果が出るかどうかはその時にならないとわからない。
せめて同国内だけでも融通がきくといいのだが。
ということは、試62乙、丙は機体と発動機だけ煮詰めていけばいいな。
基本性能を高めるようにしていけば後々変更もしやすい。
しかも作戦機の製造数は少ないはずなので、コストの面の制約は少ないだろう。
担当しているところに伝えておこう。
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