空軍技術研究所

〜その4〜                                            


日記 皇紀2664年3月22日 折原毅一

暇だ。
軍人が暇なのはいいことだが毎日この有様では腐ってしまう。
俺は根っからのトンボ屋で帝都防空隊では小隊長をやっていた。
しかし同期の相馬が俺を引っこ抜くために騙しやがったんだ。
いや正確には騙してはいないんだが、騙されたも同然だ。

現在の所属は「空軍開発七〇二飛行隊」
なんと隊長様だ。
人員が一名で隊長の任命などありはしないが。
開発飛行隊も七〇一隊は華やかだ。
拡張された岐阜飛行場で各飛行機屋から持ち込まれた開発機の試験飛行を毎日行っている。
隊員は定数10でいずれもエース級だ。
いや俺だってひとたび有事となればあっという間にトップエースになる男だ。
それがこんな閑職に。

先端技術検証機「真神」
こいつが悪い。
相馬はこう言った。
「帝国の命運をかけた最新鋭機の開発搭乗をまかせたい」
そしてその実験機として「真神」に乗せられた。
シビれたぜ。
おそろしいパワーと旋回性を兼ね備えている。
今まで乗ってた「飛電」とは大分違う。
飛電もいい飛行機だが、コイツはなんというか旋回中でもグイグイくる。
フルタイム4駆で力任せに曲がってるような感じだ。
推力偏向パドルというもののおかげか。これは機構上障害の発生しやすい推力偏向ノズルをエイヤっと簡略化したもので機構が単純な分信頼性が高い。
これで実験機だというから凄い。
相馬の話では攻撃機としても使う機体にするので推力は現在の約25屯から約40屯へ(追加推進使用時)変更されるらしい。
機体の大きさはこれより4割程度増えて重量を据え置くというのだ。
アイツは馬鹿なのか。できるわけがない。
ただ、それを聞いた時の俺はシビれてたのもあって、あっさり七〇二への転属を了承しちまった。
配属が2662年。今が2664年。先行量産機の飛行予定が2666年中だと?
俺に四年の間なにをしてろって言うんだ?
アイツは馬鹿なのか。

まあアイツはただの板金屋で開発主任ってワケでもないが、この二年の間に何やら機体衆の現場を仕切らされるようになっちまった。
先任の技術少佐は東京で背広着込んで書類触ってる方が性に合ってるらしい。今じゃ月一でここに来るかどうかだ。
腕もいい。カンもいい。そこは認めてやる。ただし意地は悪いんじゃないかと疑いたくなる。
「真神」は毎日二時間はきっちり乗る。
割り当ての燃料で乗れるのがそれだけだからだ。
よっぽどの嵐でもなければ乗る。
いろいろ時間も工夫して、薄暮、黎明、白昼、深夜、天気も濃霧で誘導とカンだけで飛んだこともたびたびだ。
ただ相手がいなくて格闘訓練ができないのがきついな。
今度帝都防空隊に顔出して、活きのいい若いのをだまくらかしてこなきゃなるまい。
いや相馬に乗らせてもいいな。アイツだってまがりなりにも基礎訓練はやってるんだから操縦桿を握れない道理はない。
俺が基地防空隊から飛電を借りてきて、アイツは「真神」で逃げると。
うんうん、悪くないな。

いつの間にか板金仕事も結構こなせるようになっちまった。
相澤親方は愛想なしで、最初の頃は俺に600のノギス投げつけたり無茶してきたんだが、ようやく何も言わなくなった。
俺は弟子じゃねえし、一応は階級が上なんだがなあ。
どうも親父に近いような歳だし妙に威厳はあるしで逆らえねえんだよなあ。
あとは素直に仕事っぷり見てて凄えなあと感心しちまう。
平面研磨機で3ミクロンを目と耳で追い込め(加工でき)る。
酸素で焼き入れした部品みると、まるで日本刀の刃紋のように綺麗で規則的な模様ができてる。
新しい加工機がきても半日で手足のように使いこなしちまう。
どんな図面渡されても、どんな短い工期でも「できない」と言ったことがない。
こういう人間がいなけりゃ、どんな高性能機でも形にすることはできない。
それを思うと「ああ、この人に偉そうにできるのは、陛下の他にはもっと腕のいい職人だけだな」
と妙に納得してしまう。
だから俺はなんとなく、いずれ出来上がる新型機も量産ラインで作る量産機より、この人が手掛ける試作機に興味がある。
それはきっと芸術品に違いない。

昨日日軽金のナニガシってのが来てから、なんだか相馬のヤツがウキウキしてやがる。
相当いい知らせだったに違いない。
アイツは昔っからわかりやすすぎる。
これはちょいとおだてて内容を聞きだしてやろう。
久々に酒を飲みに行くのもいい。上機嫌なアイツなら間違いなく奢らせることができる。
よしよし楽しみになってきた。
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